第48話 執事

 「ちょっとあれ…」


 「さすが有名人だね」


 朝の通学の一コマであるが普通とは少し違う。

 今日は落ち着いた黒の高級車から俺と新菜が降りると、校門前では注目を浴びていた。


 さらに注目を浴びる理由がもう一つーーーー



 「旦那さま、奥さまどうぞお気をつけて」


 美香の悪ふざけではあるのだが、当人もいつものメイド服ではないので少しふてくされているのだろう。

 今日は俺の指示により、いつものメイド服ではなく執事仕様になっている。髪はもともとショートヘアの上、入念にワックスをつけてセットしているのでまるで男性のように見えるのだ。

 美少年執事に注目が集まるのは必然だった。


 しかも……


 「ねえ勇?私がボディーガードする意味あるの?」


 「もちろん。美香みたいな美少年(・・・)が必要なんだよ」


 美少年という言葉に怪訝な顔を見せるがすぐに反撃してくる。


 「ふーん。じゃあ堂々と勇にべったりしてもいい訳だ?トイレまでついて行っても」


 「だめーーー!!」


 新菜がプンプン顔をして間に入ってくる。

 少し羨ましそうな顔と怒ってる顔が混ざり美少女に変わりはないが、あんまりいじめないで欲しい。

 でもそんな表情でも可愛いと思ってしまう俺は変態なのかもしれない。


 ハゲあがってる校長に相談して学校内でボディーガードをつける許可をもらったのだ。

 美少女がべったりしていると逆効果だと新菜が助言したため、男装してもらう事にしたのだ。


 「あんまり新菜をいじめるなよ。学年が違うから心配なんだから」


 「それだけかしらね〜?」


 「どーゆう意味?」


 「別に〜」


 もう仲良くしてくれよ。以前はこんな事なかったのに訳がわからん。


 「そろそろ行くぞー。新菜お昼はお弁当だし一緒に食べような」


 「はーい!」


 嬉しそうな笑顔を浮かべて手を振りながら走っていく。


 それぞれの教室へ向かう途中、予想通り好奇の目を向けられる。

 ただし今回は俺だけではなかったがーーー


 美香は分類でいけば間違いなく美少女だ。

 その容姿で男装の執事の格好をしているんだから、美少年の執事になるに決まっている。


 そもそも学校に執事なんてものが本来はいるわけないので

注目を浴びるのが当たり前であった。


 「日本の学校は制服があるから面白いね〜」


 「アメリカとは違うからな。授業中は一番後ろの席にでも掛けててくれ」


 「ほーい」


 なんだそのいたずらっ子の目は?

 嫌な予感がする……

 昨日は家でも新菜が俺の教室に行きたいって言って大変だったんだ。さすがに1年生なのでダメだったけど、2年だったら許可が出るところだったらしい。

 成績優秀だからわからなくもないけどそこまで大変な事になってしまい正直参っていた。


 教室に入る時にもドアを執事に開けてもらい、演出まがいな事に恥ずかしくて仕方がない。


 「ここまでする必要があるのか?」


 「もちろんです。ご主人様」


 この野郎楽しんでやがる。

 この状況を見てクラスの生徒たちが唖然としていた。


 「うそー!昨日になってめちゃくちゃ美少年が突然現れて優良物件だと気付いたばかりなのに、しかもお金持ちだったの?超優良物件じゃん」


 あの……そこのクラス委員さん心の声が聞こえてますよ。

 俺は新築の家じゃないぞ!?


 席に着くまで周りを寄せ付けないところは、美香の力量だろう。無言の圧力やら殺気をさりげなく出しているのだ。

 アメリカでは夜になると治安の悪さは疑いようのない事実なので向こうでいろいろ習って美香は格闘技も一流なのだ。


 俺が席に着くと美香も隣の席に着く。


 「おい?そこに座席はなかったはずだぞ」


 「校長先生にお話して作っていただきましたご主人様」


 すでに先手を打たれていたらしいが抑止力になるのならと諦めた。

 そもそも俺の勉強を週末に見てるのだから、授業を受けていれば家で勉強する必要はないかもしれない。


 ふたりで並んで座っているところに結衣がやってきた。


 「ヤッホー!おはよう」


 お前は山ガールか。


 「おう!おはよう。昨日はろくに喋れずごめんな。イメチェンする前からの俺を知ってても見かけで判断せず友達になってくれた大事なひとりだからな」


 なんだか周りの連中の目が泳いでいる気がするが、ほんとの事だからどうしようもない。


 「あれ?執事?たしかメイ…うぐ。」


 俺が手で口を塞いだので、苦しがっているみたいだ。


 「もう!急に何するのよー」


 言ってる事と顔が反比例してるぞ?

 なんで嬉しそうに文句言ってるんだこいつ?


 「あっ!」


 結衣の口元に美香が手で口を覆う。


 「上書き完了」


 「何やってんだよお前ら。子供か!って結衣涙ぐむなよ」


 おでこに人差し指を当ててちょこっといじってやるとすぐに笑顔を取り戻した。

 これくらいならいいだろ。過剰にすると新菜に怒られるからな。


 こうした些細なやりとりをしている間も羨ましそうにみんなが見ている。


 俺なんかと仲良くしているだけで結衣は優越感に浸っているように見えるが、俺だぞ?ミスターゼロだぞ?

 まだ夢なんじゃないかと思うくらい信じられない。

 あれほど空気のように扱われていたのが今やこんなに注目を浴びるとは。


 やっぱり俺が変わると周りも変わるんだな。

 まだまだだけど新菜に感謝しなくては。


 授業が始まり授業が始まるとーーーー


 「ヒャ!」


 「いまの誰?」


 「さあ?」


 美香がいきなり俺の耳に息を吹きかけてきたのだ。

 変な声を出してしまった。


 『何すんだよ急に』小声で話すと、


 『つまんない』小声で返してくる。


 学校は勉強するとこだぞ?と言いたいがいつも寝ていてこいつに教わっていたのでそれも言えない。


 やっぱりこれが毎日は無理だな〜。


 初日にすでに嫌になってしまった。


 今夜でも新菜と作戦会議をしなくてはいけないなと思いながら隣からの攻撃をスルーしていた。

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