第47話 メイド

 授業終了のチャイムが鳴る……と同時に勇樹は急いで校門まで走り出していた。

 あまりの速さに教室のドア付近の座席のもの以外は誰が出て行ったのかさえもわからなかった。


 「あれ?王子様は?」

 「勇樹様はどこへ行かれたの?」


 妹の新菜が天使や姫様と呼ばれているからであろう。

 たった1日であのミスターゼロが王子様になったのである。ずいぶんと出世したものの逃げ出すように出て行った本人はまだ知らなかった。


 あーやっと放課後だ。俺は珍獣じゃないっての。


 勇樹への関心は時間が解決するどころか噂が広まれば当然のように学校中に知れ渡っていた。


 トイレに行こうと思った時に、男子トイレに女子数人が侵入しそうになった時は、さすがに身の危険を感じたな。

 あまりあいつの世話にはなりたくはなかったが、背に腹は変えられない。


 校門へ着くとすでに新菜は車の中にいた。


 「お兄ちゃん早く早く!」


 後ろを見ればすでに追って?がせまっていた。フライング気味に教室を出たけど3年生は一番上の階だからもう気付かれたか。


 念のため言っておくがこれはとある高校のただの放課後の風景のはずである。


 車は真っ赤な外国製のスポーツカーだ。

 単に親父の趣味ではあるけど、ずいぶんと目立つ車であいつも迎えに来たもんだ。車は他にもあるだろうに。


 「お待ちしておりました坊っちゃま。ではお乗りくださいませ」


 メイド姿の美少女が車のドアを開ける。


 「美香!冗談は後で聞くから早く出してくれ!」


 「もう!わかったわよ。しっかりどこかに捕まってなさい」


 車はタイヤがホイルスピンしながら猛スピードでスタートした。


 メイド姿の女性の名前は【美香(みか)】


 ん?なに美香だっけ?

 彼女はアメリカに住んでいた時からうちの家族が面倒を見ていて、お手伝いさんのように働いてもらってる。

 日本の高校に進学する為に一緒に日本に戻って来て、しばらくは2人で暮らすようになっていた。

 素性は詳しくは知らないけど年齢もおそらく同じくらいで小さな頃から生活していた為、いわば幼なじみのような存在だ。

 友達がいなくて済んだのは新菜と美香外食いたからである。

 

 「勇(ゆう)が私に助けを求めるなんて珍しいわね。あとではキスぐらいしてよね〜」


 「ダ、ダメーーー!」新菜が急いで講義の声を上げる。


 美香には問題があって……何故か俺の事が大好きらしいのだ。

 それに張り合うように新菜が髪を切るとか言い出したり、ご飯を作るようになっていった経緯がある。


 「ふーん。やっとゆうの良さがわかってきたんだね。新菜ちゃんも大変だね〜」


 なんだかニヤニヤしてる美香はムカつくな。


 「な、なんで私が大変なのかな?」


 「恋してる目をしているから」


 「えっ?な、なに言っているのかわからないなー」

なんで新菜は目が泳いでいるんだ?やっぱり好きな奴でもいるのかよ。


 「冗談よう。うふふ」


 うーんさっきから全然話についていけず割って入れそうにない。女子トークを解読するにはおれにはまだ経験値不足のようだ。


 「それでおうちまで送る?それともホテル?」


 「な、なに言ってるんだよお前!兄と妹でホテル行くわけないだろ!」


 まさか代理彼氏の件がばれてるんじゃないよな?

 やばい、顔が火照って赤くなっているのが自分でもわかる。

 新菜も俯いて顔どころか耳まで赤くなっているじゃんか。


 「まったくからかいがいのあるふたりだね」


 そうだった。こいつは俺が大好きで仕方ないから小さい時からこんなだった。


 「じゃあホテルで3人で楽しむか。いつものホテルに行ってくれ」


 「「えっ!?」」

 美少女のふたりが驚きの声をあげるが俺は沈黙を守っていた。

 頭の中では明日からの学校生活をどうしたらいいのか考えていたのだ。

 このままじゃ代理彼氏どころではない・・・


 車がホテルに着くと新菜も美香も黙り込んでいる。

 さっきの俺の言葉を冗談と思っていても、意識してしまってるようだ。


 「今日の夜食は3人で、美味しいディナーを食べて楽しく過ごそうぜ」


 「やっぱりそうか・・・」


 「チキンなあなたらしいわ」


 なんだよこのふたりの反応は?

 まあ俺の事をよくわかっているからこその反応なのだろう。


 ん?俺をよく知っているか……

 そうだなみんなのよく知っている俺はミスターゼロだったよな。

 それなら俺がみんなに無関心でもなんら不思議はないと思うけど……


 「新菜は昔から男が寄ってくるけどどう対処しているんだ?」


 「私の場合はストレートに迷惑な行為をする人は嫌いだし周りに迷惑をかける人は嫌いって言うけど?参考にならないかな」


 いや待てよ。そうか……俺は今までずっと嫌われ続けていたのに、みんなが急にニコニコ寄ってくるから好かれようとハッキリ言わないのがいけないのか。


 昔のように嫌われたくない気持ちが逆にあだとなっているんだ。

 

 「新菜ありがとう!やっぱり頼りになるな」


 「いちゃつくなら2人でやってよ」


 「じゃあ後でゆっくりいちゃつくよ」


 「や、やだ……」


 ようやくいつもの調子の俺に戻ってきた感じだけど、新菜はだまり込んでしまった。


 こんなんで代理彼氏の件は大丈夫なのだろうか?

 

 先が思いやられる勇樹であった。

 

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