第44話 代理彼氏
「つまり…付き合ってくれってのは、俺に女性との交際を学習させる為に代理の彼氏になれって事でいいのか?」
「そ、そうに決まってるでしょー!言葉が足りなかった私も悪いけどお兄ちゃんが思い詰めた顔をしてるからどうしようかと思ったよ」
テーブルを挟んで夕食を食べながら今日のバルコニーでのやりとりについて話をしていた。
たしかに人とのコミュを意識的に絶っていたのだから、当然だけど恋愛経験すらない。先日のアウトレットモールでうかつにも薫と手を繋いでしまったことからも一般常識からは程遠い行動をとっていたことは自分でも自覚している。
普通であれば付き合っているカップルがする事を可哀想だと思い手を繋ぐと言うことは相手に対してあまりにも失礼な行為だし、万が一にも他の女性にも同じく懇願されても全て同じ事を出来るかといえばできないに決まっている。
断らないことが全ていい事ではないのだから。
「でもそれだと新菜の出会いすら邪魔してしまうんじゃないか?」
「私も男性が苦手だし興味はあっても恋愛なんてした事がないから……お兄ちゃんで練習させて?」
えへへと微笑を見せるが、こんな可愛い顔を代理とはいえ兄としてではなく彼氏として見れるのは魅力的な申し出だった。
「それに……代理彼氏外見いれば変な虫も寄って来ないから男避けにちょうどいいし」とアピールしていた。
「わかったよ。どこで線引きする?家にーーー」
と言いかけてる途中だったが、
「家でも外でも学校でもだよ。恋人になりきらないと意味がないでしょ?」
もっともらしい理由を言われて承諾させられてしまった。
初恋の相手と結ばれるのであれば本来は喜ばしいはずであるが、妹の代理彼氏でしかも初恋の相手ともなれば素直に喜びを表現するのは難しかった。
それでも代理彼氏の権限があれば好きなフリ(・・)を隠さずできると思うだけで胸の鼓動が嫌でも早くなっていく。
代理彼氏か…… んは。叶わぬ恋なら俺にはお似合いかもしれないな。俺の為と言ってくれるなら、こっちは新菜の為に…将来できるであろう新菜の彼氏。その時に向けて練習台になってやろう。好きな相手が幸せになるのが一番なのだから。
「じゃあスタートね。は、初めての彼氏の勇樹くんよろしくお願いします。私の事は『にーちゃん』て呼んでね」
「妹なのに、にーちゃんて笑えないぞそれほんと。しかもここからスタートなんて聞いてないし」
「今言ったじゃん。それに妹なんていないよ!ゆ・う・きくん♡」
うぐぐ…からかっていると頭ではわかっていても、妹として見れなくなってしまいそうなくらいの破壊力だなこれ。
勇樹だけがドキマギさせられていると思っている為、新菜の頬が赤みを帯びて瞳の奥が潤いに満ちている事などはまったく気付いていなかった。
「そうだな。にーちゃん」
新菜の頭をくしゃくしゃに撫で回してやる。
「こんな事はふつう彼女にしないでしょ!断固として抗議します!」
彼女なんだか妹なんだかよくわからないけど、これからさらに今まで以上に楽しくなりそうだな。
お互いに顔をくしゃくしゃにしていまのこの時の幸せを噛みしめていた。
「ねーねー!太陽も落ちたし一緒にジャグジー入ろうよ!」
この別荘には海全体を見渡すことの出来るジャグジーがバルコニーについている。しかも周りにはこの別荘しかない上に高台に位置している為、辺りは真っ暗でジャグジーについている間接照明だけが幻想的にキラキラしているのだ。そして夜空には東京の空では見ることの出来ない満天の星々が輝いている。
「じゃあお風呂の代わりに入るか?」
「うん!!」
夕食も食べ終わり後片付けを済ませて、水着を身につけると先にジャグジーへと入る。
女子は水着をつけるだけでもきっと準備がかかるのだろう。一足お先にジャグジーをひとりで占領して夜空の星を眺めながらこの数ヶ月の事を考える。
「俺……この数ヶ月で少しは変われてるのかな」
ジャグジーの水面が大きく揺れるとともに
「勇樹くんは頑張ってるし春とは比べものにならないくらい変わってるから安心して」と後ろから声がした。
後ろを振り向こうとするものの、「恥ずかしいからダメ!」と言っている。
「顔見て御礼を言いたいけど、まあいいか。ありがとな」
「ううん。まだまだこれからだからね。ミスターゼロなんてあだ名をつけた事を学校のみんなに後悔してもらうんだから。まずは夏休み明けから外見だけで女子がビックリするだろうな〜。見せたくない気もするけどーー」
なんで女子がビックリするのかさっぱりわからないけど、不細工でも胸を張って登校するつもりだ。外見は悪くても中身で見返せばいいのだから。
「髪もイメチェンしたし自信を持ってね。でも……外見だけで寄ってくるだけの女子に騙されないように」
「ハイハイ」
「返事は1回で!」
「おう!」
「ほんと……星が綺麗だな。横に来て一緒に見る?」
「それは……無理かな」
いいじゃないかと後ろを振り向くと「だ、だめ!」と言っている新菜の肌には水着が着いてはいなかった。
「うわ!?ご、ごめん……ってなんで裸族なんだよ」
「裸族じゃないもん!恋人だったらいいかと思ったんだけど、やっぱり恥ずかしくて限界……」
それは俺のセリフだよ……。しばらく顔を見る事も出来なくなりそうじゃないか。ほんとかわいいんだから。
三日月のお月さまがふたりを暖かく見守っている夏の出来事だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます