第40話 フレンチトースト
「う〜ん」
「ゆーくんどうしたの?」
「まったく訳が分からなくて……」
現在はアウトレットに行った翌日の朝のジョギングをしているんだけど、昨日の薫のもう一つのお願いの意味がまったくわからない為、考えこんでいたところにお姉さんが心配して聞いてきたところだ。
「恋人つなぎで手を握り合った女性が、他の人ともしてくれってお願いするかな普通」
そう。薫のもう一つのお願いとは、自分以外とも恋人つなぎをしてくれって事だった。しかも実は新菜とだったりするから意図がまったく読めないんだよなー。
「うふふ。なんだか恋愛ごっこしてて初々しくて可愛いわね〜」頭をくしゃくしゃしないでよ恥ずかしいから。そもそも手を繋ぐのは仲良くなった友達同士なら当たり前じゃないの?
昨日だって女の子同士が何組も手を繋いでいたけど全部が恋人ではないと思うけど。最近では母と娘だって手を繋いで買い物してるくらいだし。
「私と手を繋げばわかるかもよ。ふふ」
「いえ遠慮させて頂きます。食べられたくないので」
「食べるってなーに?落とすかもしれないけど」
な、なんだとー!今日のお姉さんは俺を川の中に落として沈める計画みたいだ。このOL達は暗殺者集団かもしれないな。
「そう簡単には落とされませんから」勇気を振り絞って答えるけど、少し声も体も震えちゃった。
「震えちゃってかわいい。また今度ね」
次から次へと刺客がくるけど負けるもんか。ジョギングも命懸けだなぁ。
家へ帰るともちろん新菜はすでに起きている。
「今日は午前中は俺の部屋で一緒に夏休みの宿題をやらないか?」
「お兄ちゃんが自分から家で一緒に勉強しようなんて珍しいね」
外に出るといろいろ新菜との時間を邪魔されるからなんて本人に言えやしないぞ。ここはひとつーーー
「新菜と一緒に過ごしたい口実とも言えないし……」
「え……お兄ちゃん…」
何を動揺してるんだろう?……ん?お兄ちゃん?もしかして声に出して言ってたのか?朝の緊張感から解放されて気が緩んだみたいだ。
ここはいろいろスルーしよう。
「じゃあまずは朝食でも食べてから勉強するか!」強引に押し切る。
「うん」嬉しそうに返事したからひとり言もばれてなかったんだきっと。しかしほんとに勉強が好きなんだな〜。鼻歌を歌いながら食事の準備を始めだしたし。俺はシャワーでも浴びるかな。
シャワーを浴びてからリビングに行くと、いい香りが漂ってるじゃないか!
「もしかして……」
「お兄ちゃんの大好きな……フレンチトーストでーす!」
「ヤッホー!!」
俺には大好きなものがふたつある。
ひとつはもちろん新菜に決まってる。もう一つがフレンチトースト。ホイップや生クリームなんかいらない。シンプルなフレンチトーストさえあれば世界には平和が訪れるだろう。
しかも…大好きな新菜が大好きなフレンチトーストを作ったんだぞ!朝から興奮してしまうに決まってるだろう。
「朝から大好きな新菜だ!」あ、間違えた。間違いではないけど、大好きなふたつなどと考えていたら混ざってしまった。
「お兄ちゃん……今日はすごく攻めてくるね。嫌じゃないけど恥ずかしいよ……」
もじもじしながらフレンチトーストを一生懸命に焼いてくれている。料理をして暑いのか顔が火照って赤くなっている。そんなに頑張ってフレンチトーストを焼いてくれるなんてお兄ちゃんは涙が出るほど嬉しいよ。
昨日はいろいろあったけど、自分の事を見つめ直す事が出来た。そしていろいろな事に気付く事が出来た。
新菜がフレンチトーストを焼いている間に俺は紅茶をいれる。うちではコーヒーではなく紅茶派だ。俺はどっちでもいいのだけど、新菜には優雅な紅茶が似合うと思う。
フレンチトーストにベーコンエッグ、サラダとダージリンティーが並ぶとそれぞれが席に着くのだけれど…
「えへへ」
「ちょ、ちょっとどうしたの?」俺の隣に椅子を近付けて座ってきた。
「ふたりっきりの時はって昨日言ったでしょ」
当たり前でしょと言わんばかりの口調で、微笑みながらサラダに手を伸ばす。
あ〜幸せな朝がようやく戻ってきた。もちろん最近仲良くしている女子達は好きだ。でも……何かが違うんだよな。
手を繋いでる時にはドキドキしていたけれど、それ以上に見られたくない、罪悪感のようなものがずっと心の底にあったから。
サラダに手を伸ばす新菜の手を優しく掴んで恋人繋ぎをする。
「このまま…朝食を食べてもいいかな?」
何も言わずに顔を真っ赤にしながらもコクリと頷く新菜。手を繋ぐだけで高鳴る心臓の鼓動と満足感と安心感。
あ……そうか。俺の初恋って……たぶん……
今は何も考えずに幸せな朝食を大好きな人と食べる事にしよう。
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