第36話 ツンデレ

 「らららーーーーー」

 車内では結衣が人気の女子アイドルグループの歌を気持ち良さそうに大声で歌っているが、おまえほとんど歌詞知らないだろ。あれ?でも歌詞が画面に出てるよな……

 さっきから『ららら』だの『ふふふん』だのーーーー

 でも意外だけどかなり上手いな。


 「カラオケってやっぱり楽しいね!」

 東京湾アクアラインのトンネルに入った途端に渋滞スマホのカラオケアプリで結衣が退屈凌ぎに疑い出したのだ。


 「らららだの……もしかして漢字が読めないだけかよ。ふりがなついてるだろ』


 「だって!スマホの文字だと小さいんだもん」


 「まあ…結構うまいんだな」


 「ほんと?土日はひとりカラオケで4時間歌ってるからね〜。実はさ…やっぱりまたそのうちでいいや」

 それって自慢する事なのか?彼氏いませんって言ってるもんだし、少しは勉強しろよ。でも最後に言いかけた時、真剣な顔してたから茶化すのはやめておこう。


 「次は新菜ちゃんだよー。なに歌う?」なにか選んで曲がスタートした。


 曲は前に流行ったABK47のベビーローションだ。ノリノリで歌う仕草もかわいいけど、本物みたい…むしろ本物より歌も上手い。

 何をやっても可愛くてさまになるなんだよな。


 「新菜ちゃんすご〜い!ほんとのアイドルみたい!いいな〜才能があって」


 「ほんとに上手いわね。私たちの時代で流行ったけど今までで一番上手だわ」


 そうだろそうだろ。もっと褒めてあげてくれ。俺の妹は世界一なんだよ。じゃあ俺もーーーー


 「やっぱり新菜はなにをやっても上手いしかわいいなぁ」


 「別に……」


 え!?いまどこかにエリカ様が降臨した?いろいろまずくないかこれ?そんな事より俺はいま何か聞き間違いをしたらしい。


 「新菜相変わらずうまかったな」ふたりで何度かカラオケ行ってるから知ってるけどまた褒めてみよう。


 「そう?どうも」


 ………………うわああああああ。なんだか新菜がツンツンしてるけど俺は怒らせるような事をなにかしたのか?まったく記憶にない……。


 「次はお兄ちゃんの番だよ。早く入れれば」


 お、俺は幻覚でも見てるんだろうか?こんなに素っ気なくされてもドMじゃないんだけど……とりあえず新菜の好きなシンガーソングライターの曲を歌うか。


 妹の為に頑張る兄の歌を心を込めて歌うと、新菜は聴きながらうっとりした表情になった。

 さっきのは気のせいだったみたいだ。バックミラー越しに恥ずかしそうに俺に微笑んでくる。その照れた顔がまたかわいいんだよほんと。


 「勇樹くんもちょー上手いじゃん!」

 「兄妹でうま過ぎ!」


 一緒に褒められるとやっぱり嬉しいな。新菜も満足そうだし、俺も満足だ。


 「新菜どうだった?」


 ハッとした表情が一瞬見えたけど……「まあ良かったんじゃない」


 「「「えっ!?」」」


 俺と先生と結衣が驚き少しの沈黙が……


 「つ、次は私だね。えーとおワン子クラブのブレザー制服を脱がさないで」


 全員が思いっきりズッコケた。

 いい歳してなにやろうとするんだこの女。しかも振り付けまでやろうとするけど、渋滞しててもここは高速道路ですよ。


 しかし……かなり可愛い。今日はギャル風でもなく清楚な雰囲気だからか?もともとお嬢様学校出身だし美人だし。


 「学生時代は友達がいなくていつもひとりで家で歌ってたなぁ〜」遠くを見つめてる。ちゃんと運転してくれよ。

 それにそんな切ない事を自分の生徒に言うなよ。可哀想になってくるじゃんか。最近は感情表情が出来るようになってきたけど悲しいのは嫌だ。


 「今度は薫さんも呼んでみんなでカラオケ行って今の歌を歌いましょう!」


 新菜が笑顔で提案すると、


 「「「賛成!!」」」満場一致だった。


ーーーようやく渋滞したトンネルを抜けるとそこには海が広がっていた。


 「ヤッホー!空だ!海だ!」


 「やっと暗いトンネル抜けたねー」


 「渋滞疲れた〜」


 やっぱり海はいいもんだ。泳がなければ最高だ。太陽が海面に当たりキラキラサービスエリアだから泳ぐ心配もないけど。

 車を止めまずはそれぞれトイレへと向かった。


 な、なんだこのトイレは!?

 男子用トイレが海に向かって設置されていてしかもガラス張りだ。景色はいいけど丸見えじゃないか!

 実際にはサービスエリアを出る車が通るだけだけど落ち着かないな……出るものも出なくなりそうだ。


 「よーし!なに食べる?」

 やっぱり食いしん坊の結衣が食事を要求してくる。俺もジョギングをしてすぐに家を出たから水分しか取ってないし、お腹はぺこぺこだ。


 横にいる新菜はどうだろうと思って目線を向けようとすると、無言のままーーーー手を握ってきた。

 まるで桜の花のように頬を染めて、恥ずかしそうにもじもじとしながらもギュッと手を繋いでくる。

 さっきから素っ気なくされてきた俺は久しぶりに幸せの絶頂を迎えている。男は単純な生き物だよほんと。


 せっかくなので名物の魚介のお店で食事しようとお店に到着すると、新菜に急に手を離され何もなかったかのように澄ました顔をされて先に店内へ行ってしまった。お兄ちゃんちょっと淋しい……。


 誰がどこに座るか決めようとした時だった。


 「さっきは車で先生の隣がお兄ちゃんだったから、今度は結衣ちゃんとお兄ちゃんが隣に座ったら?」


 「いいの?やった!」結衣は大喜びだけど、俺は対照的にガッカリだ。


 新菜の変化が気になり過ぎて、ご飯が喉を通らない勇樹であった……

 

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