第35話 来訪者
「プールはどうだったの?溺れなかった?」
「それが…ホテルのナイトプールだったので泳ぎませんでした。ははは」
勇樹が苦笑いをしながら話をする。
朝のジョギングクラブでの会話だ。話相手のOLのお姉さんは日替わりで違うのはなんでだろう?きっと大人の事情があるのかな。
「あー!あれ人気でチケット代も高いのによく手に入ったわね〜」
「渋谷だか表参道だかで写真お願いされて、関係者らしき人からもらったんです」
「へ〜すごいわね。でも私が言うのもなんだけど簡単に大人を信じちゃダメよ」
走りながらヘッドロックを決められた。うぐふ、今日はプロレスマニアのお姉さんか…
でもこれって男の俺にはご褒美じゃね。汗の中にもいい香りと感触が…
「あら簡単に落ちそうね。一歩リードやったね」
ふっ甘いぜお姉さん。こんなゆるゆるのヘッドロックで落ちるかよ。どれだけ俺が向こうで本場アメリカのエンターテインメントのプロレスを見てきたと思ってる。こうやってああやればーーーー
『ムギュ!?』……あれ?
「ああ〜ん!ゆーくんこんなところで鷲掴みはダ〜メ」
「うわ!?ごめんなさい!」
脇の下に腕を入れるだけのつもりが両手で思いっきりやばいところを後ろから鷲掴みにしてしまった。
いろいろ残念な勇樹だった……
ーーーージョギングが終わり家に帰るとすでに新菜が起きていた。
「お兄ちゃん最近ジョギング楽しそうだよね。頑張ってるのはいい事だと思うけどなんか怪しいんだよねー」
やましい事は何もない!けど変化に気付くとは……女の勘て怖いな…
「それより今日も起きるの早いな。せっかくの夏休みなのに」
「お兄ちゃんも頑張ってるし、学校行ってるいつもと同じリズムで生活したいしーーーー」
あらためてなんて出来た妹なんだ。朝から女性の胸を鷲掴みにしてきた兄とはえらい違いだな……
「早起き鳥は虫を捕まえるって言うしな」
実際は胸を捕まえたが、それはもういい加減いいな…
「それに今日は海ほたるに行く予定だったよね」
「あ、そうだったなー。急いでシャワーを浴びてくるよ」
せっかくの夏休みだから普段行けないようなところでも行こうかと先週話していたんだった。
海ほたるとは神奈川県と千葉県を繋ぐ東京湾アクアラインという高速道路で海中トンネルを潜って行けるサービスエリア的なところの事だ。
川崎駅まで行けばバスが出ているはずだからさほど面倒ではないんだよな。急いで支度を済ませてふたりで家を出るがーーー
「なんで姫野先生がうちの前にいるんですか?」
車の中から笑顔で手を振ってくるけど目が笑ってね〜。俺何かしたか?そもそも教師に何するんだよ。
「海ほたる行くんだよね〜。行くんだよね〜?」
なんで2回も言うんだ?昔の壊れたレコードかよ。ん?よく見たら後部座席に結衣が座ってるじゃんか。
「あー!結衣ちゃん言ったでしょー!!」新菜も気付いたらしいけど、言ったってなんのことだ?
「ごめん!先生に昨日のナイトプールバレちゃってさ〜仲間外れにしたーとか、もっと情報教えろって聞かれて今日出かけるみたいって言ったらーーー」
「来ちゃった。えへっ」姫野先生いい歳してえへはねーだろ。
どうやら新菜とふたりでは出かけられないようだ。でもなんで結衣まで来るんだ?そんなに海ほたるに行きたかったのか。美味しいもの食べられるからだろう、鼻の効くやつだ。
「じゃあ車の方が楽だし行こうか?」
ーーーー先生ニンマリ顔が出てるぞ。それでも教師か?
基本的に楽な事が好きな俺は嬉しいからいいけどこのメンツは絡みづらい。新菜は学校でも優等生だからいいとして結衣は運動神経はいいけど勉強が苦手だ。
当然だけど姫野先生がいるときは引け目を感じてる素振りが見え隠れする。あー見えて周りに気を遣うキャラなのだ。
一方の姫野先生は学校にいる時とは別人で、学生時代あまり楽しく過ごせなかった分を取り戻そうとすごく無邪気で無防備なのだ。
ーーその一方で新菜の方も今日はいろいろ作戦を考えていた。
私がこのままではお兄ちゃんはこれ以上の成長は望めないから……なにか時折思い詰める表情を浮かべながらも、突然の来訪者にも動じずただただ勇樹を見つめていた。
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