第2章 

第30話 イメージチェンジ

 スーハースーハー。現在の時間は朝の6時。

 まだ気温が上がっていない河川敷を勇樹はジョギングしている。

 あの面倒くさい、疲れる事など忍耐力もゼロだった男が…


 理由は先日の江の島で決意表明した晩のこと。

 如月家では勇樹のイメチェンについて作戦会議が行われていた。


「ほんとに前髪を短めに切ってもいいんだね」


「ああ。見える形で変化が欲しい。髪型については新菜に任せるよ」


 人気絶頂のアイドルグループやダンスユニットのボーカルなどの髪型を参考にする。


 やばい。やばいよこの髪型。芸能人よりもお兄ちゃん格好よくなってる。モテる事に本人も気付くかも……

 新菜の心の声が漏れてしまいそうだ。


「どうした?やっぱり俺じゃこのスマホの写真の人たちみたいにはいかないか?」


「ちょ、超かっこ……ちょ、調子にのったらダメって事だよきっと。まあまあかな」


「だよな。やっぱり芸能人はすげーな」


 原宿でも歩かせたらスカウトされるに決まってる。

 でも絶対本人には内緒にしておかないと。私だけのお兄ちゃんなんだから。


「久しぶりにレッスンするよ!外見も内面も鍛えましょう!」


 外見も内面も両方とはさすが我が妹だ。ハードルを上げてきたな。

 うーん……あれだな……


「ジョギングをはじめるかな」


 即答されて新菜はビックリ顔になっている。

 自分で忍耐力も必要なジョギングをはじめるって……


「やる気満々だね」


「全ては新菜の為だ。1学期ではまだ俺は変わりきれなかった。なんとか卒業するまでには最高の兄貴になりたいからな」


 いま気持ちがすごく前向きになっている。

 もうミスターゼロとは呼ばせない。


 こんなやりとりが交わされていた。


 やはりマラソンブームのせいだろう。

 朝から多くの人がジョギングしている。

 中にはハードなトレーニングをしてる人もいるけど、爽やかな朝にそこまで勇樹はする気もない。


「おはようございまーす」

 すれ違う際にOL風の女性に声をかけられる。


「おはようございます」

 礼儀として応えた。

 みんな仲間意識が高いなぁ。


「おはよう〜」

「おはよう〜頑張れー」

 またすれ違いに声をかけられる。


「おはようございます。ありがとうございます」

 ジョギングより忙しいな。


 気のせいかマラソンやジョギングは女子が多いなぁ。


 10人くらいの女性とすれ違い挨拶した頃だった。

 なんだか後ろに気配を感じて後ろを振り向くと、ワイワイ、キャッキャッ言いながらなぜか俺の後ろを10数人が走っているじゃないか。


 もしかしてマラソンのレースでよく見るあれ?風避けに前のランナーを使うあれ?初心者に使うとは大人の女性は怖いな……


 すると2人組のランナーが勇樹を挟み込むように両脇から横に並んできた。俺のペースが遅いからプレッシャーかけてきたのか…それとも綺麗な顔してまさかかつあげじゃ!?


「君…高校生?大学生?うふふ」

 笑って見下してくるとは……OLこえーよー。前髪切っちゃったからスルーできないし。もう逃げないって決めたし。


「こ、高校生です。お金はいまは持ってないです。ジャンプしても小銭の音もしません」


「あははヤバイ!この子超〜面白い〜。気に入っちゃった。お金は取らないから明日からも来てね!来ないと〜強引に〜お姉さんが食べちゃうぞ」


 人喰いとは…なんとか族か?最後に脅しまでかけてくるとは、人は見かけによらないものだ。

 もちろんジョギングはやめるつもりはないから明日も来る。


「た、食べないでください。僕みたいな不細工美味しくないです」


「「「「可愛いーーー!!」」」

 後ろの女性達もハモっている。みんな仲間だったとは……


「じゃあまた明日ねー!」

 みんな綺麗なのに社会人て怖いな。

 そういえばOLが部長のお茶に雑巾を絞って入れるとか聞いた事がある。

 俺も将来気をつけよう。


 家に帰ると新菜がタオルを持って待っていた。


「おつかれさま!どうだった?」


「うん。朝は清々しくていいな。少し怖いけど」


「夜でもないのに怖い!?私も一緒に……」


「命が惜しいならやめておけ!」と叫んでしまった。


 俺が犠牲になればそれで済むんだ……


「う、うん。よくわからないけど頑張ってね!」


 とにかくシャワーでも浴びて気持ちを落ち着かせよう。


 時刻はまだ7時。夏休みって素晴らしい。今日は何をしようかと考える勇樹だった。

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