第8話 解析の手掛かり

 岡本俊輔の記者会見を中西副社長は役員室のテレビで見ていた。多分、他の役員もこの記者会見を見ているだろう。これは自分の計画に吉と出るのか凶と出るのか……? まだ充分に検証が必要だ……。

 記者会見の中継が終わるとテレビを消して、中西は執務席から高山専務に電話を掛けた。高山は自分の子飼いの部下で現在は社長室長の立場だ。

「高山君、私だ。今の記者会見を見たか?」

「はい、中西副社長。見ました。衝撃的な内容でしたね」

「予定より早く我々の計画を実行に移す必要があるかも知れない」

「そうですね。既にお客様相談室へのクレームの件数や内容を整理させています。また、昨日のプライムの事故からの購入契約のキャンセルの状況もまとめております」

「そうか、分かった。私のグループ以外の取締役の意向の確認は?」

「社長を入れて全十八名の取締役の内、我々のグループが七名、少なくとも他四名の取締役が同調してくれる予定です。先程の遺族の記者会見の内容も含め、フォローの風が吹いていると思います」

「分かった。まだ慎重な対応が必要だが、来週の月度取締役会での実行を予定しておこう。それまでに確実な準備を進めておくんだ」

「承知いたしました。それでは」


 豊国パレスホテルで岡本俊輔との面談を終えた正一と理紗は早々にホテルを後にしていた。二人は彼の記者会見にも参加したいと考えていたが主催者側がメディアとの混乱を理由に難色を示したのだ。車の中で記者会見を視聴した正一と理紗は大きく溜息を吐いた。俊輔の発言は遺族に取っては当然の意見だと納得しながらも、社長の辞任に触れた事もあり正一は複雑な想いを抱いていた。それに……。

「会社としての対応も至急論議しなければ……」

 そう呟くと、正一は電話を掛けた。

「高橋君か。私だ。今、会社に向かっている。今日、出来るだけ早く緊急取締役会を開きたい。社長室長の高山専務にも相談してくれ。そうだ、お願いする」

 正一は秘書の高橋に緊急取締役会の開催を指示した。今後の会社の対応の論議をしなければならない。車の安全性を画期的に向上するプランも含め……。そう正一は考えていた。

 その時、理紗のスマホに雄二からのテキストメッセージが届いた。

〈雄二です。プライムのデーターを閲覧しようとしたら、突然自宅謹慎になってしまいました。今日、何処かで会えませんか?〉

 理紗はそのメッセージに驚いて声を上げた。

「何で? どうして雄二さんが?」

「どうした、理紗?」

「ちょっと待って。雄二さんに電話する」

 理紗はそのまま雄二に電話を掛けた。

「雄二さん、理紗です。自宅謹慎ってどう言う事?」

「ああ、今日の昼休みに君に頼まれていたプライムの走行データーを閲覧しようとしたんだ。その中の事故時の動画データーを見ていたら君や正蔵さんの声が聞こえて……。でも駐車場を出る所で映像を遮断されてしまったんだ。その後、中西副社長に呼び出されて、秘匿情報を無断で閲覧した事を理由に当面自宅謹慎をする様に言われた。今は仮住まいのホテルさ」

「どうして? そんな事になるの……? 分かった、駅前のビジネスホテルに居るのね。じゃあ駅前のカフェで。多分、十分で着けると思う。それじゃまた後で」

 理紗が電話を切ると正一が驚いた様に話し掛けて来た。

「川上君が自宅謹慎って本当か?」

 理紗が大きな目で正一を睨んだ。

「おじいちゃんのプライムの事故のデーターを見てくれてたの。私やおじいちゃんの声が残っている動画データーが有るのね? でもデーターを途中で遮断されて、中西副社長に自宅謹慎を命じられたんだって。お父さんの会社、本当に何も隠していないの?」

「ちょっと待ってくれ、何でそんな事が……? 待てよ理紗、今、音声データーが有ると言ったか?」

「ええ、雄二さんは私の声が聞こえたって言っていたわ」

 正一は右手を口元に当てて考えている。

「中西副社長は音声データーがクラウドに送信出来ていないと言っていたぞ……。どう言う事だ……?」

 正一の中にも疑念が湧いていた。

「とにかく私を豊国中央駅のロータリーで降ろして。それとお父さん社長でしょう。雄二さんの自宅謹慎を今すぐ解除してあげて!」

 理紗は本当に頭に来ている様だ。

「分かった。会社に行ってから中西副社長と話してみるよ」

 正一の社用車は理紗を駅のロータリーで降ろすと、豊国テクニカルセンター(TTC)に向かった。正一は今日起こった様々な事実に混乱していた。


 豊国中央駅前のカフェに入り二階の客席に座った雄二が窓から見ると、丁度、理紗が車から降りる所だった。彼女は黒色のワンピースを身に纏っている。多分、遺族と会って来たのかなと雄二は推測していた。数分で彼女は二階の客席に上がって来て雄二を見つけると彼の前に座った。

「雄二さん、御免なさい。私の為に自宅謹慎になってしまって」

 彼女は雄二の前で深く頭を下げると最初にそう言った。

 雄二が両手を身体の前で振っている。

「理紗さんの所為ではないから。僕も良く事情が分からないんだ」

「直ぐに、父が自宅謹慎を解いてくれると思うわ。それまで待っていて」

「でもあのデーター、僕も解析したかったな。直接事故を目撃した人間として、また技術者として、何が起こったかを理解して対策に貢献したかった。残念だよ……」

 理紗は少し考えてから雄二にこう言った。

「私、プライムのデーターおかしいと思うの。絶対におじいちゃんはブレーキを踏み込んでいた。そして雄二さんがデーターにアクセスしたら自宅謹慎になっちゃったし、お父さんは、あのデーターに音声データーは無い筈だと言っているし……」

「それって……」

「誰かがデーターを改竄しているんじゃ無いかと思うの……」

 雄二は考えもしていなかった理紗のその言葉に素直には同意出来なかった。

「何の為に? 誰がどんな利益が得られるんだろう? もし事故がプライムの設計の問題だったら直ぐに見つけて対策しないと、また次の事故が発生してしまう。それは自動車会社の義務と責任だと思うけど」

「私にも分からない。私に分かるのはおじいちゃんの運転ミスではなかったと言う事だけ……」

 そう言う理紗を見て雄二はハット思い出して、自分のバックからスマホを取り出した。

「理紗さん。これがプライムの事故現場の本屋の床に落ちていた。古本の間に埋もれていたから、誰も気付かなかったみたいだけど……。きっと豊国夫妻か君のじゃないかと思って持って来た」

「えっ? 何で、雄二さんが……? あそこは規制線が張られて中に入れないでしょう?」

 雄二は少し照れた様に言った。

「あの本屋、僕の自宅なんだ。言ってなくてゴメン」

「えっ? そうだったの。あっ、それでホテルに仮住まいを……。御免なさい、祖父の事故で自宅を壊してしまって……。ご家族は大丈夫だった?」

「あっ、うん。両親は北海道に住んでいて、今はあそこ僕しか住んでないから……」

「そうなんだ……」と言いながら、理紗は雄二が差し出したスマホを手に取った。少なくとも自分のではないのは確かだ。祖母は未だガラケーだったし、祖父のスマホも機種が違う。そう言えば……。 彼女はハッキリと思い出していた。

「雄二さん、これはプライムのデーター取得用に社員の車に取付られた会社のスマホよ。ドングルだったっけ? それ経由で、このスマホ内にクラウドサーバーに送信していると同じデーターを保存しているって言ってた。ほら、この前のドライブの時にインストメンタルパネルの上に取付られていたの覚えているでしょう?」

 雄二もハッとした。そうだった。

「そうか、それじゃ、そのスマホを解析出来れば、会社に行かなくてもプライムのデーターを確認できる可能性があるんだ。理紗さん貸して」

 理紗はスマホを雄二に渡した。既にバッテリーが切れていたが、雄二は予備のバッテリーを持っている様だ。

「雄二さん、ドングルって何? どうやって車のデーターをスマホに送るの?」

 雄二はスマホを操作する手を緩める事無く、理紗に説明してくれる。

「全ての車にはOBDⅡと言うポートが在るんだ。これは車の状況を診断する為のポートだけど日本でも二〇〇八年以降に販売された全ての車両への設置が義務付けられている。普通は運転席の足元に在る十六ピンのポートで、プライムの場合ここに車両の走行データーを十ミリ秒毎に送っているCANのデーター端子とドライブレコーダーやADASの画像データーをやり取りしている車載イーサーネットの端子が有るんだ。このポートに大きさ五センチくらいのユニットを取付て、車のデーターをそのユニットが読み取り、ブルーツゥースで接続したスマホに送るんだ。このOBDⅡポートに設置するユニットをドングルと呼んでいる」

 理紗が「へーっ」と言って感心していると雄二が残念そうに呟いた。

「スマホ自体にロックは掛かってないけど、車載データーの読み出しアプリにパスワード設定がされていて開けれない。うーん、いつもの奴かな……」

「いつものって?」

「10(と)4(よ)9(く)2(に)。あっ、アプリ開いた!」

 雄二が嬉しそうに叫んだ。

 理紗は豊国自動車のセキュリティレベルの低さに幻滅しながらも、データーが見れる事を素直に喜んでいた。

「それじゃ、開いてみるね」

 そう言う雄二を理紗が制止した。

「待って、こんなオープンスペースじゃなくて、どこか人目に付かない所で確認しましょう。音声も出るし」

「そうだね。うーん、何処が良いかな?」

 雄二はカフェの二階から外を見渡した。駅の隣の豊国市立図書館が眼に入った。

「そうだ、図書館に行こうよ。あそこの四階に在った解析ルームの中なら人目につかない……。理紗さん、パスポートとか持っている?」

「大丈夫、私、あそこのIDもう持ってるから。雄二さんは?」

「僕はホテルに有るから取ってくるよ」

 二人は頷いて立ち上がった。

 二人とも、事故のデーターを見て真相を解明したいと強く考えていた。

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