第3話 パイロットセンス

 豊国図書館オープンの前日の土曜日、雄二は豊国中央駅のロータリーに居た。

 社長室に呼び出された日の夕方、会社のメールに理紗からメッセージが届いたのだ。

『川上さん。今日は本当に有難うございました。お礼も兼ねて、もし、ご迷惑でなくてお時間があれば、土曜日に私とドライブに付き合って頂けませんか?」

 雄二にとって朝から悩んでいた熱設計変更に目処が付き、一息ついた時の嬉しい提案だった。独り身の雄二の土曜日の予定は真っ白だ。

 雄二は直ぐにYESと返事をし、豊国中央駅のロータリーで待ち合わせる事にしたのだ。

 土曜日のこの日も快晴だった。正にドライブ日和の素晴らしい天気。

 少し待つと銀色のプライムが走って来るのが見える。運転席にはサングラスを掛けた理紗の姿が見えた。理紗も雄二に気付いた様だ。

 プライムは雄二の前で停まり、雄二は助手席に乗り込んだ。

 理紗が満面の笑顔で迎えてくれる。

「豊国さん、今日は誘って頂いて、有難うございます」

 雄二は助手席のドアを閉めるとシートベルト手に取りながらそう言った。

「こちらこそ、えっと、雄二さんとお呼びしても良いですか? 私の事も理紗と呼んで下さい。アメリカ暮らしが長かったので、お友達をラストネームで呼ぶの慣れてなくて……」

 雄二は頷いて。

「はい、理紗さん。問題無いです」

「それと、もう少しフランクに話しましょう。今日からお友達だから」

「はい、そうですね。いや、そうだね。この車、理紗さんの?」

 理紗が乗って来た新型プライムは三ヶ月前に発売されたばかりで、雄二も乗るのは初めてだった。

「祖父の車を借りて来たの。私、アメリカに居て十六歳でドライバーライセンス取ったから運転技能は人並み以上だけど、車の技術的な事は全然知らないの。豊国自動車の社長の娘なのに恥ずかしくて……。だから、今日は、色々、教えて貰いたくて、雄二さんを誘ったの」

 嬉しそうにそう話す理紗を見ながら、本当に可愛いと雄二は思っていた。これは惚れてしまうかもしれない……。でも社長令嬢だし……。適切な距離を取らなければ……。

 雄二が勝手に考えていると理紗が言った。

「御殿場へドライブと思ってるけど、良い?」

「えっ? あっ、はい。じゃあ、東名からだね」

「はい」

 理紗はそう言うと、プライムをスタートさせ、駅のロータリーから出た。

 雄二はプライムのインストメンタルパネルの中央に取付られているスマホを見ながら理紗に聞いた。

「理紗さん、このスマホは?」

「あっ、これ? 走行データーをこのスマホの中に蓄積するって言ってたと思う……。同時にリアルタイムで豊国自動車のクラウドサーバーへ走行データーを送付しているって言ってたと思うわ」

 それは雄二が知らない事実だった。これは豊国前会長の車だとすると、何かのデーター取得の為の工夫かもしれないと彼は考えていた。

 プライムは保土ヶ谷バイバスを抜けて、横浜町田インターから東名高速に入った。

「パイロットセンス使わないの?」

 高速道路をハイペースで飛ばす理紗に、雄二が問い掛けた。

「えっ? パイロットセンスって?」

「豊国自動車のレベル2自動運転技術の事だよ。先行車に追従しながらアクセルとブレーキ、そしてハンドルを自動制御してくれる機能」

「私、プライム初めてだから……。どうやって作動させるの?」

「まずは、ハンドル右側の青いボタンを押して」

「これ?」

 理紗が青いボタンを押すと、メータースクリーンに自分の車と左右の車線を模擬した表示が現れ、『PILOT READY』と表示される。

「それで、青いボタン横のSETと書いたボタンを押して」

 理紗がそのボタンを押すと『ポン』という音が鳴って110キロと表示される。

「これで現速度を上限にACC、アダブティブクルーズコントロールが始まった」

 直ぐにもう一度『ポン』と言う音がして、メーター内の車線表示とハンドルの絵がグリーンとなる。

「これでLKCレーンキープコントロールが始まった。まずはアクセルから足を離してみて」

 理紗がアクセルから足を離しても、速度が110キロに維持されている。少し速度の遅い先行車に追い付いて来た。

「自動で車間を制御するから、ブレーキ踏むの我慢して」

「えっ? ちょっと怖いんだけど……」

 車は先行車に相対速度を合わせる様に自動で減速していく。そして先行車が車線変更して追越車線が空くと、自動で加速して再び110キロに速度を戻した。

「凄い、前に走っている車の速度や位置を見て自動制御するんだ」

 そう言う理紗の言葉に頷きながら雄二は次の指示を出す。

「次にハンドルを離してみて」

「えっ? 大丈夫なの?」

 理紗が驚いた様に雄二に尋ねる。

「大丈夫、車線の中央に車を維持する様に自動制御するから」

 理紗は躊躇いながらも、ハンドルから手を離した。しかしハンドルは左右に自動で動いて、車は車線の中央を完璧に維持していた。

「凄い、これもう、自動運転が完成しているって事?」

 理紗が大きな目で雄二を見ながら言った。

「でも、これはまだレベル2の自動運転だから、ドライバーに全ての責任がある。自動運転中もしっかり状況を確認して、何か問題があれば直ぐに手動でオーバーライドしなければいけないんだ」

 理紗が「へー」と言って感心している。

「このルームミラー前側の黒い部分に高解像度カメラが搭載されている。このカメラ画像をADASコントロールユニットの中で高速演算して、先行車との相対速度、距離、そして左右車線からの位置を算出している。その情報をベースにハンドルとアクセル、そしてブレーキを自動制御しているんだ。実際はもっと複雑だけどね」

 理紗が頷きながら言った。

「車の技術って凄いのね。私は文系だから細かい理屈は分からないけど、この機能を実現する為に多くの人が知恵を絞っているんだよね。雄二さんもそうだよね。凄いし尊敬する」

 そう理紗に言われて雄二は少し照れながら言った。

「僕は世界中で走っている全ての車を電気自動車にするって夢を持っている。それを実現する為には、まだ多くの技術開発が必要なんだ。それに貢献する為、僕自身の技術をもっと磨きたい。地球環境悪化への不安を無くして、僕等の子供達が地球で幸せに暮らせる様に……」

 理紗は前を向きながらそう言う雄二の顔から目を逸らす事が出来なかった。自動運転中で無ければ事故が起こってしまう程、雄二の顔を見つめてしまった。

 理紗は、技術で地球環境へ貢献したいと熱く語る雄二を見て本当にカッコ良いと思っていた。

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