ハーフビーストの何が悪いのです?
「これは一体、何があったのですか?」
フロックスが丁寧な言葉遣いをしていると、不思議な気分だ。
幻獣姫様に直接は聞けないし、倒れている護衛は意識がハッキリしていないし。
そんな中でも比較的軽傷の男性に声をかけてくれている。
護衛に関しては、とにかく怪我は治しておいた。
あとは気持ちの問題だと思う。
死にかけた攻撃を受けていたのだし、実際に回復が効かなかった者もいたくらいだ。
すぐに普段通りに戻る方がおかしいだろう。
「と、突然馬車が風に揺られたような気がして……
気付いたら意識を失ってしまいました……」
そうなると他に事情を知っていそうな者に。
「急に車輪がひしゃげて……」
魔物の姿は見ていない??
あれだけ大きなサイだったのに。
「少し茶色がかったグレーの魔物で巨大な、ツノが一本……そうか、ないのか」
魔物などいなかった。
ヤエが言っていた通り、その場には人しかいなかったようだ。
一番意識がハッキリしているのがお姫様。
馬車の中で隠れていたからか、実は凄く強いのか?
どちらにせよ、その場にいた誰もが皆、気を失った。
そんなことが可能なのか?
何か良からぬガスでも出ているのではないか?
それにしても原因がわからないのは非常に怖いものだ。
またいつ同じ事が起きるかわかったものではない。
本当ならば、このまま山の途中にある小屋まで進む予定であった。
しかし、こうも大人数ではすぐに移動は難しい。
すぐに野営の準備に取り掛かり、僕は一人、周囲の魔物を狩りに出向いていた。
ちなみに山の小屋といっても、ギルドなみの大きさと設備を備えて、冒険者は常に常駐しているのだそうだ。
要は『安全に休みたかったら金を払いな』という優しい気持ちの作り出した、冒険者が運営する宿といった感じらしい。
背に腹は変えられぬということか……
「そこで休みたかったなぁ……」
と、ボヤいてみたところで仕方がない。
ヤエにサーチしてもらって、近くにいた食べられそうな魔物の元へ向かう僕……
一方、クロウがいない馬車の中では、ヤエと幻獣姫が会話をしている。
幻獣姫、名を『サクア=ガルフォード』といい、聖獣ガルムが棲むといわれる地では形式上の最高権力者。
「サクア様とこうしてお話できるなんて思ってもいませんでした!」
「よしなさいよ、どうせ貴女だって私のこと、半端な種族だって思っているんでしょ?」
向かい合った馬車の中で、ヤエは至極普通に話しかけたつもりだった。
それに対して返ってくる言葉は、とても冷たく感じられてしまう。
サクアの種族は#天狐__てんこ__#といい、獣人というよりも人族に近い呼び名が付いている。
以前は聖獣の使いや、神様の化身などとされていた天狐だったが、その実、人族と獣人のハーフである。
「あの、半端って……?」
「あら? 獣人の中にも、私のことを知らない人もいるのね」
「サクア様は、その……」
そんな困った様子のヤエを、遠くから見ているフロックス。
小さな頃に聞かされる幻獣姫様といえば『民を導く心優しいお方』だが、大人たちにとってはそうではない。
確かに人族と獣人族のの仲はそれほど良くはない。
古く昔に、種族差別によって獣人の多くは奴隷として扱われたこともあったからだ。
そしてその間の子が、すべての民に受け入れられるはずもなかったのだ……
「その辺にしてやってくれないか? サクア様……」
物見から顔を覗かせて、そっと声をかけるフロックス。
「……ごめんなさいね。
あなた方は私を助けてくださったというのに、失礼なことを言ってしまったわ……」
サクアは少しだけ後悔していた。
これから聖獣の地に戻るというのに、この状況では冒険者の助けが絶対に必要になるからだ。
喧嘩などしてもいい事は一つもない。
それなのに、普段から言われている陰口を気にするあまり、辛く当たってしまったのだった。
「ヤエ……と言ったかしら?
貴女たちは移動のためにパーティーを?」
「あ、はい。私はそうみたいです。
でもフロックスさんとクロウさんだけでも十分強いはずなんですけどね……」
あはは……と苦笑しながら、サクアの質問に答えるヤエ。
戦いには参加しておらず、クロウから魔法を教えてもらっていることなんかを喋っていた。
サクアには不思議でならなかった。
獣人が二人に人族が一人。
それも他種族と組むことは滅多にないというワーウルフが他の種族と組んでいる。
しかもわざわざ戦力にならないエゾリスを奴隷にしてまで……
何か目的があるのか?
考えても答えは出ず、本当に意味がわからなかった。
しばらくして、枝葉を集めたフロックスは火を起こす。
「なぁサクア様よぉ……悪いんだが、壊れた馬車も薪木代わりにしてもいいか?」
「そんなもの、私に聞かなくてもいいのでは?
どのみち動かなくなって放棄されてしまうのですから」
「いや、紋章とか……なんでもない」
聞くだけ無駄だと思い、フロックスはなるべく不敬にならないだろう部分だけを使わせてもらうことにする。
基本的に幻獣姫様とはお飾りなのだ。
真に権力を持っているのは、その周りにいる者たち。
面倒になりそうで不安が募るフロックス。
しかし、そんな重苦しい空気も、クロウが戻るとすぐに変わってしまった。
「な……なんですの、この料理は?」
「あっ、苦手でしたら別のを用意しますね、お姫様っ」
紙皿に乗った料理を配りながら、僕はサクア様に喋りかける。
「そうは言っていませんっ!
こんなサクサクな食感、そしてシンプルながらも肉の旨味が閉じ込められた味わい……食べたことが無いと言っているのですっ!」
そんな感想を述べてくれるサクア様が、僕にはすごく可愛く思える。
本当はソースでもあると、また変わって美味しいのだけど。
「トンカツが美味しかったら、まだまだあるからさっ。
こっちの唐揚げも遠慮せずにどんどん食べてよ」
黒豚みたいな魔物と、ニワトリっぽい魔物。
あとはツチノコっぽいのは干し肉になっちゃったし、ウミウシっぽいのは消滅してしまった。
「エールをどうぞ。これは酔わないですから、心配いらないですよ」
「お、おぉ……こんな山奥で飲めるとは……」
よくわからないけれど、僕は美味しく食べられる魔物を見分ける自信がついてきた。
きっとワニっぽいのが現れても、ダチョウっぽいのが現れても食べられる気がする。
「さっきから、クロウは一体何をぶつくさ言ってんだ?」
「あ、いや……自信ついてきたなって思って」
「そうか、そりゃ結構なことで……」
声に出ていたのか、恥ずかしい……
そして、まるで宴でも開かれたかのような一夜が過ぎて、僕たちは山小屋へと向かったのだった。
なぜか幻獣姫様と一緒に……
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