自然破壊はわざとではないのです!

 大樹をぐるりと迂回するように、街道は山へと向かっている。

 冒険者の姿も多く、どうやら大樹の周りには魔物が多く生息しているようだ。

 

 ヤエからは魔法を教えて欲しいとは言ってこない。

 馬車に乗ってしばらく様子を見てみたが、やはり恐怖心が優っているようである。


「移動しながらって、なかなか的に当てられなくってさ。

 ほら、向こうの木に水を当てるゲームでもしようよ」

 僕は、物見から身を乗り出して、遠くに見える木に向かって指をさす。

「ゲーム?」

「そう、どっちが先に当てられるかだよっ」


 ゲームと聞くとヤエも興味があるようで、二人で物見から外を覗いていた。

 『バランスが悪くなるから寄らないでくれ』なんてフロックスが言ってきたけれど、聞こえないフリをして魔法……じゃなくてドリンクバーを使用。


 勢いよく飛んでいった水が、大木から離れた場所に落ちる。

 ちゃんと狙えば当てることはできるのだけど、それではゲームにはならなくなる。

 騙すのは少々心苦しいが、今は魔法に慣れてもらうことの方が大事だったし……


「……こんな感じ?」

 首を傾げながら、ヤエは大木に向かって水魔法を使う。

 今は普通に水が出てくるだけで、まだ遠くに飛ばすには時間がかかりそう。

 それでも出てくる水の量を見て、ヤエには才能があると確信する。

 魔法を連続で使っているのに、ツグミちゃんたちとは違って疲れを知らないみたい。


 普通のエゾリスと比較しても魔力が多いとは聞いたけれど、ツグミちゃんたちの何倍もの出力で何回も……

 人族って魔力が滅茶苦茶低いのだろうか?

 そんな話は聞かなかったけれど、獣人のことだって聞かされてなかったし。


 少し経って、今度は遠くまで水が飛んでいく方法を教えていた。

 恐怖よりも、早く木に当てたいという気持ちが強くなったみたいで、少し教えたら簡単に上達してしまった。


 何度か試してわかったことなのだけど、遠くに飛ばすのに必要なのは、より細くすることではなかった。

 それなりの大きさで、それに合わせた水量と水圧が必要だと思う。

 学院の中庭で僕が出した高威力の水弾はどうやって出したのか……今でもよくわからない。


「そういえば、昨日は物を動かす魔法も教えてくれたじゃない」

「え? あぁ、風魔法のこと?

 そっちの練習をしてみたくなったの?」

「ううん、もっと遠くまで水を飛ばすのに使えないかと思って……」


 あーなるほど……僕には真似はできないけど、一緒に考えるくらいはできるだろうか?

 そうと決まってから、ヤエはほんのわずかな時間で風魔法に必要な魔力操作も一通り覚えてしまう。


 しかも、その二つを同時に操作。

 つまり水を生み出しながら、物質の移動を可能にする。

 上級生だったら、そういう技術も習っていたのかもしれないけれど……


 じゃあその風魔法を、どのように使うか。

 追い風や回転なんかも考えてみたのだけど、どれもイマイチパッとしない。

 というか、ヤエが納得のいかない表情をしているのだ。


「これって、水を操作したらどうなるのかな?」

「うーん……それもよくわかんないなぁ……

 水自体が魔力で出来ていて、その水をまた別の魔力で動かす感じ?」


 いつの間にか、僕がヤエに教えてもらう立場になっていた。

 ヤエが言うには、魔力自体に二つの性質を持たせることができる気がするみたいだ。

 半分を水の出現に、もう半分を移動させる力に、と。


 物見から顔を出してそんな話をしていると、フロックスが手をかざして細く小さな水流の魔法を使う。

「さっきまでお前たちがやっていたのが火の魔法で、今ヤエが言っているのが氷の魔法の原理だな。

 まぁ俺には使えんが……」


 グッと拳を握りしめて、前を向き馬を走らせるフロックス。

 魔法が使えると便利だもんね。

 僕もヤエみたいに普通の魔法が使えたら良かったのに……なんて思っちゃうよ。


 練習しながらしばらく走ると、周囲に木々が増えてきた。

 最初に的に選んだ大木も、もう随分と遠くに見えている。


 ゲーム続きをやろうと適当な的を選ぶ僕。

 それをよそ目に、ヤエは的も決まる前から大きな水球を生み出して、街の方向へと飛ばす。

 しばらくして……


「えっ、もしかして……」

 ヤエに魔法を教えて本当に良かったのか……僕は、少しだけ後悔してしまった。

 遠くて大木がゆっくりと倒れていくのが見えたのだ……


「やった、当たったよ!」

「う、うん。ゲームはヤエの勝ちだね……」

 比較的街に近い場所に立っていた一本の大きな木。

 今も冒険者たちは、その周りで魔物を狩っていたに違いない。

 戻ってみんなの無事を確認するべきか、それとも見て見ぬふりを……


「折れちゃった木ってどこに置くといいのかな?

 なんだか周りに人がいっぱいいるみたいだし、ほらまた集まってきた……」

「え? どういうこと?」


 ヤエは、大木を魔法で持ち上げているのだと教えてくれた。

 撃ち出し大樹を破壊した水球は今でも操作していて、空中で支えているのだと。

「だったらゆっくりと降ろしてあげて……

 多分みんな離れてくれるから……」

「あっ、本当だ。

 良かったぁ、ちょっとだけ疲れてきてたんだぁ」


 アレだけの魔法を使ってちょっと……

 それに空間把握能力か索敵なのか魔力感知だったりするのか……

 僕も知らない高度な技術まで身につけている。

 一体何者なんだろうか、この少女は……

 なんて言うのは失礼だな……僕が奴隷として引き取った普通のエゾリスの子供だもんね……


「とんでもないことをやっているところ悪いんだが、どうやら魔物のお出ましだ。

 数はそんなに多くないがクロウも手伝ってくれ」

「あ、うん。今降りるよっ」


 フロックスが馬車を止め、僕がドアを開け外に出る。

 ヤエにも戦いを経験してほしいところだが、無理にやらせるのもよくはないだろう。

 僕は『少しだけ待っててよ』と言って、前からやってきた三匹のシグラタとかいう魔物に立ち向かう。

 なお、見た目はアルマジロみたいだが、そうでなければ巨大なダンゴムシだ。

 そう強い魔物ではないだろう……

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