先制攻撃ばかりで何が悪いです?
「ねぇフロックス……」
「どうしたんだ?」
「どう見てもこの……シグラタだっけ?
スコルピよりも弱そうに見えるんだけど……」
「おうっ、俺の知る限りじゃあ危険な魔物じゃねぇな」
じゃあ何故僕まで呼んだのだ?
フロックスだったら、『これくらい俺に任せとけよ』とか言いそうなものなのに。
「だからな、わざと危険なフリをして魔法を……な」
あぁ、そういうことか。
魔法に恐怖心を抱いているヤエに、魔法を使わざるを得ない状況を作ってやろうという作戦か……
「却下!」
ズバッズバッ……と目の前の魔物を倒していく僕。
「お、おいっ⁈ ったく……」
フロックスは剣を収めて、僕が戦いを終えるのを待った。
といっても、ほんの数秒のことなのだけど。
そんな荒療治をせずとも、ヤエだったらもう大丈夫。
そもそも、そんな感情で魔法を使うことの方が暴走しそうで怖い。
それが僕の正直な意見だ。
「もう終わったの?」
「うん、フロックスだけだとピンチだったみたいだよ」
馬車に乗り込んで、僕はヤエの質問に答える。
わざと御者台にも聞こえるように、ではあるけれど。
「俺は別にっ! あんな雑魚一人でも余裕だっ!」
弱い、とは思われたくないようだ。
まぁ実際にフロックスが弱かったら、非常に困るのだけど。
「じゃあ今度はフロックス一人でお願いね」
「俺は馬を引いてんだよ、雑魚はクロウかヤエの魔法で蹴散らしてくれよ」
「あーそっか、ごめんごめん。
今度見かけたら教えてよ。……そうだっ!」
僕は席に座り直して、ヤエに聞いてみる。
大樹の周りに人がいることがどうしてわかったのか?
例えば近くにある木や岩も感じることができるのかと。
偶然気付いた方法らしく、大樹の時も魔力で作った水があたり一面に散らばったことがきっかけらしい。
魔力を操作して、それが何かに当たると感じることができるそうだ。
「形から、多分人じゃないかなーって思って……」
たったそれだけで、瞬時に人と判断して水魔法を集め直し大樹を支えていた……と。
末恐ろしいほどの力の持ち主だ。
これは教え甲斐がある。
「でも、魔物だと形だけじゃ判別は難しいかぁ……
あ、じゃあ動いているものとかは?」
「風で揺れているとか水が流れているのも感じちゃいます。
慣れればいけそうですけど、魔物だけを選り分けるのは難しい……かもしれません」
物見から顔を出して、目を閉じて集中するヤエ。
「ごめんなさい……全部はわからない……
いやいや、それがわかるだけでも十分凄いのだけどなぁ。
しかも進む道の先にいる魔物を結構な確率で見つけ出し、何度か繰り返す内に魔物の形も覚えて、今度は寝ている魔物までも判別し始めた。
次はあっちに二匹、今度はこっちと。
笑顔で魔物をサーチしていたヤエだったのだが、突然ピタッと動きが止まる。
「ねぇクロウさん……
これって魔物じゃないと思うのだけど……」
ヤエは少し遠くを指し示して、そこで馬車が数台襲われているようなのだと説明をする。
しかし魔物の存在は見当たらないそうだ。
馬車の車輪は壊れ、倒れている人もいる。
しかも現在進行形で馬車が壊され続けているのだとか……
じゃあ山賊かと思って、人同士で争っているのかと思ったら違うらしい。
……なんだそれ?
魔物がいないのに襲われている?
しかも争いは人同士でもない。
「ははっ、ウミガメのスープみたいだな……」
そんな問答を幾度か繰り返してみたが、答えは出てきそうにない。
それよりも早く向かった方が良さそうだ。
「フロックス!」
「あぁ、わかってる!」
話はフロックスにも聞こえていたようだ。
すでに馬の速度は増していて、数分で現場に辿り着けそうだと言う。
「どうしよう……また一人倒れちゃった……」
サーチをし続けていたヤエは、不安になってきたのか身を震わせている。
「ヤエ! 後は僕たちに任せて。
魔法はもう使わなくていいからさっ!」
魔法は解いたのかどうかは見てもわからない。
ただ、目を閉じて伏したままジッとしているヤエ。
僕は背中をさするしかできないでいる。
失敗した……
ようやく恐怖心も無くなりかけていたというのに、人が倒れていくのを見せて、剰え僕が質問攻めにしてしまったのだから……
これで全滅でもしてようものなら、と思うと、心配でならない。
「見えてきたぞっ!」
フロックスに言われて僕も身を乗り出して確認する。
遠くに見えたのは、確かに壊れた馬車のようだ。
それにしてもずいぶんと派手な装飾が……
「フラグ立ってたのかな……」
「どうした? なにか気付いたのか?」
「うん、普通に考えて被害者は偉い人なんだろうなってさ……」
こんな世界なのだから、冒険者が心半ばに……なんてこともあるだろうとは思っていた。
いや思い返せば、失敗だったのかもしれないが僕は召喚されようとしていたわけだ。
ただ興味本位で、そんなとんでも魔術を試したとは思えない。
それに、僕の前に現れた魔族……
「お、おいっ……幻獣姫様の紋章じゃねえかっ⁈」
この世界の主要人物が、何者かに狙われていても不思議ではなかった。
僕のことにも気付いていて、わざわざ目の前でその人を殺そうとでもしているのか?
転移させた魔族なら、僕の位置を把握していても不思議ではないからな……
「お、おいっ⁈ でけぇ魔物がいるじゃねーか!」
「フロックス! 行こうっ!」
「あぁ! 俺が魔物を馬車から引き離す!
その隙に姫様たちを頼むっ!」
まだ息のある人を救って欲しい。
幻獣姫というのは獣人たちにとっては何よりも大事な存在なのだと。
訴えるフロックスに、首を振って応えると、僕は身を低くして壊れた馬車に近付いていった。
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