魔法は万能かもしれないです
「一日ですっかり元気そうになっちまったなぁ」
宿の一室で、フロックスがヤエの頭を撫でている。
「本当にクロウさんのおかげです。
今までの苦しいのが嘘みたい」
ヤエは女の子なのだし、別々の部屋で寝ようと言ったのだけど。
『まだ怖いので……』なんて首輪を握りながら言われたら僕も困ってしまう。
見た目は5歳でも、そういう知識だってあるのだから。
それに、フロックスと違って身体はちゃんと洗っているしシャンプーの良い香りもする。
生まれ変わって僕も好みが変わってしまったのだろうか?
ケモノ……なんて情報は些細な事に思えてしまった……
「そのクロウ#さん__・__#は、顔を真っ赤にして着替えてらっしゃるぜ。
ヤエのことがずいぶん気になったみたいじゃねーか」
「うるさいなぁっ!」
子供同士同じベッドで寝ればいいなんてことをフロックスが言うものだから、つい先ほどまで僕の横でヤエが寝ていたというわけだ。
「あ……私も好きですよクロウさんのこと……」
フロックスに毛並みを整えてもらっていたヤエが、振り返って僕にそんなことを言う。
その『好き』は僕が病気を治してあげたからだろうし、僕のしている『意識』とは少し違う。
それでもまぁ、純粋に好意を持たれているなら良いことだと、そう思うのだった。
「毛並みは今から少しづつ良くなるだろう。
もうじき生え変わる時期だからな」
「そういえば少しづつ寒い日が増えてきましたものね」
フフフッと笑うヤエを見ると、たった一日でずいぶんと心を許したものだと安心してしまう。
#さん__・__#付けで呼ぶのは直っていないが、普通に喋るようにはなってきたな。
このまま打ち解けられるといいのだけど。
そんなヤエを加えた僕たちは、明け方から別の街へと向かう準備を進める。
傭兵に関しては話し合っていたのだけど、やはり僕のスキルは見られたくないため雇わないことにした。
あとは、ヤエが少しだけ魔法への恐怖を克服して、水流くらいは仕えるようになったのも大きな理由だった。
水流と言っても、チョロチョロと流れるものではなく、まるでバケツ……いやプールをひっくり返したような魔法が発動していたわけだが……
昨晩の外での出来事を思い出して、今後のことが少しだけ心配になってしまう。
本当に魔法を教えるだけで、魔力暴走はなくなるのだろうか?
ツグミちゃんが天才だっただけで、実は自分に教えるような才能はなかったのではないか……と。
しかし、今更やろうと決めたことを変えるつもりはない。
小さな少女を引き取って、やっぱり無理でしたなんて、鬼畜極まりない所業。
まぁ病気も感じないくらいに元気になっているし、他の人が面倒を見てくれる可能性は十分にあるだろうけれど……
「いやいや……変な事を考えるもんじゃないな……」
「準備ができたみたいですけど……どうかしたんですか?
もうフロックスさんも待ってます……けど」
「あっ、ヤエ……ごめんごめん。
馬車に乗ったら山道までは時間があるみたいだし、今日は水魔法での攻撃の仕方を教えてあげるよ」
「う、うん。攻撃魔法……」
食糧を少しと、#嫌魔珠__においだま__#という使い捨ての魔道具を少しばかり用意してくれた。
回復に関しては僕が倒れない限り必要はないから、最低限だけ購入。
あと必要なものに関しては、現地調達。
主に食料や使えなくなった武器の代わりのことである。
しかも荷物が少ないので馬は一頭で十分だった。
御者台の付いた中は二人乗りの小型のものを選び、魔法の練習用に物見の広く開いたものをチョイスしてくれたフロックス。
これ以上ないくらい完璧な準備だと思った。
本人的には、ここまで小さいものは乗ったことがなく不安だそうだが……
「あはは、確かに道中で襲われているお姫様とかいたら、助けてあげても乗せてあげられないね」
僕は、よくある日和見主義な1シーンを思い浮かべて言う。
実際に王族や貴族が、山賊に襲われる頻度はどんなものなのか?
魔物にやられているとしたら、何故そんな道を選択したのだろうか?
前もって下見をしたりしないものなのだろうか?
「姫様を助ける?
なんだ、そんな噂でもあるのか?」
「……それって幻獣姫サクア様のこと?」
「あ、いや例えばの話だよ……」
なんとなくで冗談を言うものじゃないなぁ。
真剣な表情で返してくる二人に申し訳ない気持ちになってしまう。
しかしなんだろう? 幻獣姫?
この世界の姫さまというのは、そういう名前の肩書を持っているのだろうか?
いやまぁ、獣人の王だったらそういう名前なのかもしれないな。
またいずれ聞いてみることにしてみよう……
「じゃあ行くぞ!」
「うん。目指すは北西、聖獣の地だね」
「私……街の外は初めて。
楽しみだわ……」
街中の馬車、しかも小型が一台だけというのは珍しい。
鎧を身につけた男が何人も乗っているのなら違和感は無いが、三人のうち二人が子供なのだから……
「なんにゃ、フロックス?
おみゃーは遂に守子になっちまったんかにゃ?」
「ちげーよバカ。
ちょっと聖地まで行ってくるわ、元気でな。ニャンタロウ」
「その名前はやめるにゃ……って、本気かにゃ??
いくらおみゃーでも……それに今は……」
「じゃーな、目立ちたくないから行くぞっ」
「あっ、待つにゃっ……」
門の前で、前にも見た猫の獣人が呼び止めている。
それを気にすることなく馬を歩かせるフロックス。
周囲には僕たちを見る人たちも多かったし、恥ずかしい気持ちは確かにある。
それに門番として離れるわけにいかない猫の獣人は、追いかけてこれないみたいだった。
「なんか叫んでたけど……良かったの?」
「あぁ。いつも人の顔を見て冗談ばかり言ってくるんだ。
適当に返事しておきゃいいんだよ」
そんな風には聞こえなかったんだけどなぁ……
まぁでも、あの獣人のことをよく知っているフロックスが言うのだから、問題は無い……のだろう。
こうして僕たちは、街を出た。
次の街では両親の情報は見つかるだろうか?
それに、魔人の目的はなんなのだろうか……
心配し始めると胸の鼓動が早くなる。
強いスキルが使えても、心は鍛えられないみたいだな……
まぁ、心配もしなくなるような感情の持ち主にだけは、なりたくないような気もするけれど……
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