諦めるつもりは無いのです

 この世界は、僕の想像なんかよりも、もっともっと広いのかもしれない。

 悪魔の女性が使った魔法は、どこかへと転移させるものだったようだ。


 もう悪魔の姿は見えないし、今更理由を聞くこともできやしない。

 多分、痛めつけられた腹いせに、僕たちをバラバラにして苦しみを味わせてやろうとでも思ったのだろうな……


 両親は無事だろうか?

 あの赤子はやはりアイビスだったのだろうか?

 それにしてもここは……


「もしかしなくても砂漠だよなぁ?

 水が無いんじゃいつまで生きれるかわかんないよ……」

 見渡す限りの砂、砂、草、岩壁、枯木、砂……

 辛うじてサハラ砂漠みたいな場所じゃないことが救いだった。


 しかし、真夏のように暑い。

 さっきまで夜だったことを考えると、世界の反対側に飛ばされたということか?

 まぁ、この世界が球体であるならば……だろうけれど。


 いや、さすがに魔法がある世界でも星の形は球体だろう……そう思うことにしよう……


 少しだけ歩いてみたが、どうやら近くに街は無いようだ。

 うん……普通に考えて、どこか適当に転移させた場所に都合よく街がある方がおかしいか……


「じゃあ、とりあえず水と日陰が欲しいかな……」

 そこまで悲観していなかったのは、ドリンクバーのスキルがあればどうにかなると思っていたから。

 水分補給にはならないけれどさ。


 岩つたいに歩きながら、周囲を眺めていた。

 砂漠で生き抜くこと以上に、両親の転移先やアイビスを攫った理由が気になったいた。

 生き抜くこと自体は、それほど難しいことではないように感じていたのだろう。


「日陰かぁ……サボテンみたいな植物はあるけど、魔物だったら困るしなぁ」

 近付いて、水を打ち出して様子を見てみるが、特に動く気配はない。


 ただ、日陰としてはイマイチだ。

 鍋のフタでも使って日光を遮った方がまだマシかもしれない。


 少し喉が乾いてくると、『まずは水分を探さなくては』と焦ってくる。

 街が見当たらなければ、少なくとも傍にそびえる断崖絶壁の向こう側か、遠く太陽の見える側の地平線の彼方へと辿り着かなくては。


 可能性の高いのは崖の向こう側……だな。

 日の登っている時でも、この崖が日陰を作って過ごしやすくなっているかもしれない。

 それに、雨もこの辺りで降っているとすれば、どこかしらに水が流れているだろう。

 植物は生えているんだ。地下には水分があるに違いない。


 とにかくは生きて街を発見しなくては。

 そのために、僕は行動を再開した……


 まずは崖を伝って、どこからか上を目指せないか、もしくは反対側へ辿り着けないかを確認したい。

 そう思い歩いていると、すぐに出会ってしまったのだ。

 サソリのような魔物だ……しかもデカい。


「マジかぁ……どう考えても普通の生き物じゃないよなぁ。

 爆弾で倒せる……よね?」

 全長は1メートルをゆうに越えるような魔物。

 スライムなんかとは比べ物にならない迫力だった。


 しかも、僕の姿を見るや否や、すぐに襲いかかってくるのだから、やはり魔物は危険な生き物なのだろう。


「た、タバスコっ!」

 攻撃手段の名前としては、あまりに変だと思う。

 だけど、現実的にこれが一番強いのだし……


 剣でもあればもう少し違った戦い方もできそうか?

 あぁ、こんなことになるのなら、無理を言ってでも父から剣を習いたかったものだ。


「た……倒したのかな?」

 立て続けに五発の爆弾で、全身焼け焦げて動かなくなったサソリ。

 まぁ魔物の名前的にはスコーピオンと呼んだ方が『らしい』だろうか?


 倒したのはいいのだが、爆発でかなりの音が響いたものだから、どうにも周囲が気になってしまう。


「大丈夫かなぁ……」

 音を聞きつけて、別の魔物が現れやしないだろうか?


 そしてもう一つ、僕はやってみたいと思ったことがあった。

「ブラックペッパー!」

 それがこれ、ガリガリとミルを回すことで、グリフォンの肉が一瞬で干し肉になったスキルだ。


「サソリの肉……かぁ。

 唐揚げとかもあるくらいだし、食べれる……よね?」

 ガリガリガリ……


 食べられなくて当然、そんなつもりでミルを回転させる。

 すると、早速スコーピオンに変化が起き、カラッとした揚げ物に変わっていた。

 ついでに、食材にならなかった部位なのか、それとも装備の素材に使えるからなのか、そこそこ大きな爪が一つ残されていた。


「重たいし、持っていくのは大変だなぁ……」

 ポリポリとサソリの唐揚げを食していた。

 晩ごはんも食べずに来てしまったのだし、かなり空腹で『これがサソリだ』という抵抗は、あっけなく破られてしまっていた。


 素材としては持ち運びは無理でも、この場で武器にできれば持つ価値はある。

 まずは爪を折って半分に……


「……無理、すっごい硬いじゃんコレ」

 やはり魔物の素材は素手では扱えないのだろう。

 街でも、多分すごい大きな施設でガンガンに火を焚いたりして作っているに違いない。


「もー……女神様も、こういう時に役立つスキルにしてくれればいいのに。

 『合成』とか『加工』とかさぁ……」

 座り込んで、右手から水を噴水のように吹き出して僕は考える。


 どうせ数分もすればスキルで出した液体は消えてしまう。

 しかし一時的にでも身体が冷たくなるのはありがたいものである。


 そういえば氷なんかも出せるのだろうか?

「アイス!」

 コロコロンッと、いくつかの氷の粒が出現。

 うん、凹みがあってドリンクバーで見る氷のようだ。


「形も変えられるのかな……もう一回!」

 ヒュンッ……と飛んで行った先で、尖った氷が砂に突き刺さる。


 うん、まるで氷魔法だ。

 だけど、大きなものは難しいみたいだし、あくまでも簡単な物理攻撃といった感じだろうか?


「あとは……えっと、ナイフとフォークも置いてあるんだし、武器になってくれても……」

 諦めきれずにスコーピオンの素材を眺めている。

 氷魔法でも傷はほとんどつかないのだから困ってしまう。


「……あ」

 そういえば、これまで魔物の素材を触る機会なんてあったのだろうか?

 考えてみれば、今初めて触ったのではないだろうか?


 だとすると、これまでもスキルは使うことができたのだけど、その対象物が無かっただけだった?

「えっと……エスコルピオ……いやスコルピウスでいっかな?」


 男というものは、新しい武器を手にした時に、なんとなく名前を付けたがるものだ。

 僕だけかもしれないけど……

 サソリの甲殻から作られている感じだし、この剣の名は『サソリ座』という意味の名スコルピウスを付けることにしよう。


 本当はエクスカリバーとか付けたいけど、多分まだまだ強い武器が手に入りそうだし……さ。

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