一束500Gのようです
やはり赤ん坊というのは誰からも好かれるものだと思う。
「ねぇ、見に行ってもいいでしょ?」
学院からの帰り道、ツグミちゃんが僕の妹アイビスのを見てみたいと言い出したのだ。
僕としては断るつもりはなかったけれど、生後間もない赤ん坊をむやみやたらと人に見せてもいいものか……?
だけど、どうにも断れない雰囲気になってしまう。
「ねぇ、私も行っていいわよね?」
ヒガラお嬢様まで、僕の家に来たいのだと言いだしてしまったから。
「なぁなぁ、俺たちも行っていいか?」
「ダメに決まってるでしょ。
そんな汚ない手で触っちゃ、赤ちゃんが病気になっちゃうわよ」
しかも、後ろを歩いていたヤンたちには、何故かヒガラお嬢様からお断りされているという状況に。
「じゃあ行きましょう!」
ヒガラお嬢様に先導される形で、なんだか心配になりながらも僕は家に帰った。
そういえば、よく考えてみれば今まで誰も家には連れてきていない。
ほんの小さな家だったし、中で騒げるようなスペースもない。
だから、正直ヤンたちまで来なくて良かったという気もするのだ。
女の子たちにお断りされて可哀想ではあるけれど、仕方がないよね……
ごめん、と心の中でヤンたちに謝る僕だった。
「やーん、かわいぃー」
「ヒガラちゃん、あんまり大きい声出したら起きちゃうよ」
母とアイビス、そこに女子二人が加わって寝室はさながら喫茶店のよう。
圧倒されて僕だったら無口になってしまいそうなものだけど、全然お構いなしにみんなしてお喋りを続けてしまっている。
そんな中、僕と父レイブンは台所で簡単な飲み物を用意する。
「しかし、お前が女の子を連れて帰ってくるとはなぁ。
どうなんだ? あの大人しそうな子が本命か?」
まぁ、そんな話になるのも想像はしていたさ。
「そうだね、未来のお嫁さんかもしれないから、よろしくね父さん」
僕が恥ずかしがるとでも思ったのだろう。
『お、おう……』なんて言って父が戸惑う様子が少しだけ面白かった。
ツグミちゃんのことは好きだけど、それ以上にこの世界が楽しいし、今はアイビスも産まれたのだ。
付き合うとか結婚するとか、そんなことは全く考えていなかった。
それにまだ子供なのだし、地球のこともあるし。
僕は、母のために作ったハーブティーを三人に持っていく。
ドリンクバーのスキルでは、味は作れても栄養は全くない。
このハーブに関しては、ちゃんと僕が育てたものなのだ。
たしか、ルイボスティーは産後の身体に良かったはず。
前世では無駄にハーブ検定試験を受けたこともある僕だ。
……というだけでは、本物のルイボスティーかどうかもわからない飲み物を飲ませられるはずがない。
春の花見ができそうな暖かさになった頃、ふきのとうでも食べたいなと考えた。
日本だったらもう竹の子でも出ている時期だから、きっとこの世界ではまた違う植物が芽吹いていたりするのだろう。
なんて考えた数日後、何故か#それ__・__#は辺り一面に生えていた。
種……じゃなくて地下茎か。
植えたとしてもすぐには生えてこないだろうし、もともとこの世界にあったものか?
僕の知っている植物を育たせるスキル?
まさかサラダバーの野菜を見て、女神が変に解釈したのだろうか?
色々と疑問はあったが、僕は再び試してみることにした。
それが様々なハーブ。
「乾燥させてポプリにしたり、入浴剤……はお風呂がないからダメか。
お茶以外にも色々と使えるよ、料理の匂い消しとか」
そんなお手製ハーブティーを『美味しい』と言って飲んでくれた二人に、新しい苗と用途を知っている範囲で教えてあげる。
僕も、そこまで詳しいわけじゃない。
なんとなく本を読んで試験も受けてみたくらいで、栄養素がどうのとかいう話はサッパリだ。
「そんなもの、どこで覚えてきたんだ?」
レイブンが不思議そうに尋ねてくる。
カナリーもまた同じような表情を浮かべているのだから、やはりこの世界ではメジャーなものではないのだろう。
「市場のおじさんが、商人から教えてもらったんだってさ。
危険な草もあるからって、少しだけしか見せてくれなかったけどね」
まぁ当然そんなことはない。
勝手にでっち上げた嘘だし、適当に『種を売ってもらった』ことにしておいた。
「こっちのも育ててみたいわ」
小さな入れ物に移したラベンダーを見せると、同じものがどこで手に入るのかと聞いてくるヒガラお嬢様。
そう言われれば僕も差し上げたくなるものだ。
大事に育ててくれたら嬉しいし。
彼女はなんにでも興味を持つし、話をしていて僕も楽しくなる。
逆に、この世界では花や植物を育てる習慣はないのだろうか?
それを聞いてみたら、『薬草……くらいかしら?』なんて返答が。
なるほど、魔物のいるような世界では、見た目どうのよりも、単純に利用価値のあるものが対象になるのだろうな。
でも、その薬草も育てるのは難しいようで、ギルドに持っていけば結構良いお金にはなるみたいだ。
父が以前『ほかの植物を育てる気はないのか?』なんて聞いてきたのは、もしかしたら薬草のことを言っていたのだろうか?
時間も遅くなり、ツグミちゃんとヒガラお嬢様は迎えの男性に連れられて帰っていった。
迎えの人……初めて見たけど高そうな服だった。
両親も少しだけ緊張した様子で見送っていたし、やはりお嬢様……なんだろうか?
いや、まさかなぁ……
さて……と、僕たちは改めて食卓に晩ご飯の用意をしていた。
まぁ、レイブンの作る食事は簡単なスープみたいなものだったし、僕も凝った料理は難しい。
食材的にも身長的にも。
仕方ないが、今しばらくはそんな食事で母カナリーにも我慢してもらうしかないだろう。
だが、そんな穏やかな日常はこの時をもって終了してしまった。
スープはひっくり返り、ハーブはぐちゃぐちゃに。
一体なにが起きたのか……僕はすぐには理解できなかったのだ。
「貴様らっ、全員その場を動くでない!」
バァン、と戸が開いたと思うと、知らない人達がズカズカと部屋に入ってくる。
「ど、どうしたんですかっ⁈
それに赤子もいるのですよ、静かに願えませんか?」
父レイブンも大人の対応だ。
本当だったら殴ってでも家から追い出したいところだろうが、何やら理由でもあるのだろう。
だが、謎の男に続いて後ろには鎧に身を包んだ兵士が数名。
よく見たら手前の男も帯刀しているのが見える。
「うるさいぞ、貴様らに意見陳情する資格など無いっ!」
ガシャン! と食卓に並べたばかりの料理は、男の手によって見るも無残な姿になってしまった。
「ちょっと困りますよっ!
用件なら伺いますから……」
父は男を宥めようとするが、全く聞き入れる様子は無い。
そもそも用件がわからないのでは、僕たちも対応しようがないのだ……
そう思っていたが、キッチンの奥にいた僕を見るなり男も用件を話し始める。
「ここにいるという悪魔の子供はそいつだな?
ふんっ、どうせ料理にも毒か何かが入っているのだろうな」
男のその言葉に、僕の頭は一気に『?』で埋め尽くされてしまった。
しかも男は僕に剣を抜いて向ける。
流れ的に、どう考えても僕を殺しにきたとしか考えられない……が、僕が一体何をしたというのだろうか?
父レイブンもまた棚に置いた剣を取ろうとするので、僕は大声で父を止めた。
「待って父さん!」
そうしなくては、きっとこの男は容赦なく僕たちを斬りつけるような気がしたのだ。
父が動いた瞬間、剣を持つ男の右手がピクッと動いた。
それは、僕に恐怖を植え付けるには十分すぎる動作だったのだ。
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