魔力は無いのです……

「中止だ中止!!」

 慌てた中等部の先生が、叫びながらこちらにやってくる。


 まさか、ただのドリンクバーがこんな威力をもっているとは考えていなかった。

 生徒たちも騒ぎ始め、教師たちは何か言い争っている。


「はぁ……これ、絶対にヤバいやつじゃん……」

 知らなかったとはいえ、的を破壊してしまいみんなを驚かせてしまった。

 せめて賠償だけはやめてほしいのだが……


「すっげぇ!!」

「ねぇクロウ君っ、今のどうやったの??」

 初等部は事の重大さを理解していない。

 凄い威力、では済まされないだろう。


 近くにいた中等部に関しては、『なんだ今の……』なんて言ってザワついているというのに。


「わ……わかんないよ。

 そうだっ、たまたま魔物の攻撃でも飛んできたんじゃないかなぁ……」


 あははー……って。

 そんな事を言ったところで、誰も信じてはくれなかった。

 それどころか、三人組までもが僕のことを『凄い』だの『カッコいい』だのと。

 語彙力のカケラも感じないが、本人なりに最高の褒め言葉なのだろうよ。


「んんっ……クロウ君、ちょっといいかい?」

 何やら話を終えた教師たちが、僕に近寄ってくる。


 ついて来てほしいと言われ、僕は従うほかなかった。

 まぁ、普通に考えてそうなるよね。

 きっと怒られるか親を呼ばれるか、そうでなければ退学……も考えられる。


 二人の教師に連れて行かれて、僕は小さな部屋にやってきた。

 中には、前に見たことのある水晶玉。

 よく見ると変な道具がたくさん並んでいるが、いわゆる準備室みたいな場所なのだろうか?


「クロウ君……といったか。

 もう一度この水晶玉に触れてみなさい」

 中等部の先生が、部屋に入るなり僕にそう言うのだ。

 その隣でセキレイ先生は、ただ黙って見ているだけである。


 これは……試されている?

 あぁ、魔力が無い少年だと報告を受けているのだろうし。

 それがたった一ヶ月でとんでもない魔法……じゃなくてドリンクバーか。

 それを使えるものだから、もう一度テストしてみようということだろう。


「触れるだけでいいんですよね?」

 この問いに関しては、正直否定して欲しい気持ちもあった。

 もし、水晶玉を光らせるために何か別の要因でもあるのなら……

「そうだ、とにかく触ってみてくれ」

 うん。触るだけでいいみたいだ……


「いいですけど……あの、怒ってます?」

「なにがだ?

 ……俺はセキレイの奴が言うことが信用できないだけだ。

 とりあえず、早く水晶玉を触れ」


 うん、中等部の先生、絶対に不満は持っていそうだ……

 ちょっと不安になりながらも、僕は水晶玉に触れてみる。


 触れるまでもなく、僕の魔力は0なのだから、当然光るはずもない。


「なっ……⁈

 ……じゃあやはりアレは……」


 ……?


 アレは……なに?

 すっごく気になるのに、先生たちで再びヒソヒソと話し始めてしまった。


 少しして、僕を部屋から追い出し中庭に戻るように言い出すし。

 確かに僕が悪かったとは思うけど、その対応はちょっとどうなのかと思う。


「どうだったのクロウ君!」

「それよりなんだよアレ、すっげーな」

 心配して声をかけてくれるツグミちゃんと、『俺にも教えてくれ』なんて言うヤン。


 教えるどころか、僕も知りたいよ。

 どうなっているんですか女神様……


「勝手な事したら怒られちゃうよ……

 よくわかんないけど待ってろってさ……」

 その後も僕の周りは騒いだまま、先生たちはなかなか戻ってこない。

 多分、このままだと僕は退学になるのだろう。

 魔力もないくせに、意味のわからない威力の魔法を放つ5歳児。


 僕ならば側に置いておきたくはないが……いや待てよ?

 逆にそんな人が他にも複数人周りにいたとしたら、僕の存在も浮かないのでは?


 どうせこのままでは学院を追い出されるのだろうし、幸いここには高威力の魔法を使いたがる者もいるのだし。


「ねぇ、ヤン……僕がどうやったのか知りたい?」

「お、もしかして教えてくれるのか?」


 さぁてねぇ?

 それは僕の知識が役に立てばってところだろうけれど。


「……で、この水の中に研磨剤って呼ばれる細かい粒子を……」

 僕は、試しにヤンに原理を教えてみることにした。


 ウォーターカッターに使われる研磨剤は個体だし、僕には無理でも魔法ならばそういうのも生み出せると思って説明に加えておいた。

 原子とは、研磨剤とは、粒子とは、レーザーとは???


 いちいち聞かれる質問にも、なるべく丁寧に教えるようにした。

 周囲の学生たちまで僕の説明に耳を傾けていたみたいだけど、途中から話を聞いていた人にはチンプンカンプンだったみたい。


「えっと……水というものを理解すること、押し出す圧力を理解すること……」

 僕から説明を聞いたヤンは、すぐにそれを試したいと言う。


「研磨剤のことは、しっかりと慣れてからでいいからー。

 とりあえずそれでっ」

 先生もいつまでも戻らないのが悪いのだ。

 中等部までもが、ヤンが試そうとする魔法を固唾を飲んで見守っていた。


 僕の教えたことは、それほど難しいことではない。

 押し出す『穴』を極端に小さく。

 それこそコンマ1ミリにして、そこに可能な限りの圧力を加えて魔法の水を押し出す考え方。


 数百メガパスカルくらいだろうか?

 多分そこまで強くは押し出せないだろうから、せいぜい水鉄砲並の力に……


 ところが、それではうまくいかなくて、少しずつ調整しながら威力を上げていった。


 バシュッ……パンッ!


 お……おぉ……。

 さすがに走りながらでは難しいだろうけど、まさか的を叩き折るほどの威力になるとは思わなかった。


「すごいじゃないか!

 まるで高等部の放つ魔法みたいだったぞ!」

 そう言いながら、中等部の生徒たちもヤンの現実的な高威力の魔法には興味深々。


 さすがに的を破壊するのは問題なので、石の壁目掛けて何度も試していたヤン。

 感覚に慣れれば、安定して高威力の魔法は使えそうだし、魔力も高まれば更に強くなると思う。

 僕はツグミちゃんたちにも思いつく限り質問に答えたり気付いた事を言ったりと。


「おいっ、どうしたんだっ!」

 ふと気が付いたら、中等部の生徒が騒いでいる。

 そちらを見ると、突然バッタリと仰向けに倒れてしまっているヤンがいたのだった。


「どうしたんだよヤン!

 おいっ、大丈夫かっ⁈」

 バルとクイナが近寄ってヤンの身体を揺すっている。


 あー……魔力切れじゃないのかなぁ……

「そういえば授業で言ってたっけなぁ……すまん、ヤン……」


 僕は小さな声で謝ったのだった。

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