それは旨味を含んでいるからです

「お母さん、今日も市場に行きたいっ」

 そんなわがままを言っている僕は、もう5歳になっていた。

 身体はまだまだ小さいけれど、歩くことも喋ることにも不自由はしない。


 強いて言うなら、難しい言葉を知っているものだから、余計な事を喋るとすぐに問い詰められることくらいだろうか。


 そんな事を思うと、僕の表情は少しだけ暗くなってしまった。


「あらあら、クロウは本当に市場が大好きよねぇ。

 でも、んー……どうしようかしら……」

 母が僕の頭を撫でる。


 家にいても正直面白いことは少ないのだ。

 魔法は使えないしスキルも未だに使い方がわからない。

 やることといったらトレーニングをしてステータスを上げることくらい。


「良いじゃねーか、それより昨日の料理は美味かったぞカナリー。

 今日も美味しいのを頼むなっ!」

「もうっレイブンったら……

 今月はあんまり余裕がないのよ?」


 そう、僕の家はそれほど裕福ではない。

 だから、本当は余計な買い物は控えたいはずなのだ。


「しょうがないわね……

 クロウ? 今日は余計なものは何も買わないからね」


「うんっ、わかった!」

 そうは言ったところで、実はわかりたくはない。


 質素な生活は構わない。

 ただ問題があって、料理の味がどうにも口に合わないのだ。

 塩が入っていないとか、毎日同じ食材というわけではない……


「母さん、これ食べたいっ!」

 市場に着いた僕は、早速お目当ての食材を見つけてしまった。

 視界が低すぎて、なかなか探すのに骨が折れるのだが、僕は運が良いようだ。


「あのねぇ、これは保存食なのよ?

 今日食べたいって言っても、すぐに食べられるようなものじゃありません」

 そりゃあこの世界では保存食なのだろうけれど、僕の中ではそうではない。


「本当に……乾燥したキノコなんて、何に使えば良いのかしら……」


 どうにもこの世界には旨味は知られていないようだ。

 昨日はイノシン酸とグルタミン酸の含む食品を見つけていた。

 というか、野菜と肉なのだが。


 いつもいつも野菜だけのスープだったりで、どこか味気ないと思っていたのがようやくわかったのだ。


『アミノ酸が足りないっ!』

 なんて、この世界で口にするわけにもいかず、僕は市場について来ておねだりするだけである。


 そして今回はグアニル酸を含む食品を見つけることができた。

 家計がキツイのに、いつまでも肉を旨味成分の為に使うのは勿体無い。

 鰹節でもあればいいのだけど、あいにく乾燥した魚は一夜干しみたいなものばかりだった。


「まったくもう……キノコだから高いものじゃないけれど、全然わかってないじゃないの……」

 少しだけムスッとする母は、やはり可愛らしい。

 いつも通り料理に使う野菜も買い満足した僕は、母と共に家に戻ろうとしていた。


「見ろよほらっ、水流!」

 僕よりも少し大きい子供たち。

 市場の脇で、集まって生活魔法を見せ合っているみたいだ。


「どうしたの、クロウ?」

 その様子を少しだけ眺めていると、手を繋いでいた母はそんな僕が気になってしまったようだ。


「ううん、なんでもないよ」

 正直に言うべきかとは思ってしまった。

 僕が魔法が使えないかもしれないことを。

 

 女神様が言っていた『スキル』とかいうのも、まだステータスにも表示されない。

 だから当然使い方もわからなかったのだ。

 もしかして女神に騙されているのだろうか……


 少しだけ寂しい気分になりつつも、僕は帰宅して早々、干しキノコをカゴから取り出して水に浸けてもらっていた。


「保存食なのに、今日食べちゃうの?」

「うん、今からなら晩ご飯には食べられるでしょ?」


 母とそんな事を話してから、僕はしばらくトレーニングをしていた。

 反復横跳びとか腕立て伏せとか。


 何やってんだと笑われそうではあるが、ステータスとして見えてしまえば、きっと地球に住む人たちもやりたくなるに違いない。


「ふぅ……攻撃力はやっと100になったか……」

 僕のこの身体でこの数値。

 多分、大人の冒険者なら平均値は1000前後だろうか?


 前世の僕の握力は40キロくらいだった。

 今の僕、5歳児にしては強いだろうけれど、それでも10キロないくらいだろう。


 まぁそれはともかく、そろそろ干しキノコも水で戻っている頃。

 僕はキッチンに近づいて、入れておいた容器を覗き込んでいた。


「……あれ?」

 しかし中身は空っぽだ。

 母に聞くと、もう既に煮込み始めていると言う。

「だって、早く作り始めなくちゃ、レイブンが帰ってきちゃうじゃないの」


 母の言う通り……僕は調理にかかる時間なんかはほとんど考えていなかったのだ。


 その日の食事は、やはり今ひとつ。

 出汁の味に慣れてしまっていた僕には、この世界の料理はどうにも物足りない……


「うん、いつもの美味しいスープじゃないか。

 クロウは一体どうしたんだ?

 あまり手が進んでいないようだが……」

 料理を食べ進める父の表情は変わらず笑顔である。

 が、僕は納得いっていない。


「なんでも干しキノコを戻す為に使った水を捨てちゃったから。

 それで少し拗ねているみたいなのよ……」


 いいや、拗ねてなんかはいない……

 ただちょっと、残念な気分になっただけだ……


 そう思いながら、僕はやっぱり拗ねてしまっていたのだった。

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