第7話

「私が歌手になったのは、将兵さんを支えるための手段としてでした。将兵さんにプロポーズをしていただいたことで、私の歌手としての活動も終わりを意味します。私のいるべき場所は、将兵さんの隣だけですので。」


「明日香さん。あなたの理由はわかりました。それでも、あえて言わせてもらうわね。引退するって本気なの?あなたはその容姿と歌唱力で世界中の人たちから愛されている歌手なのよ。そんなあなたが取り立てて特徴のない、ただ一人の男と結婚するためだけに引退したら、多くの悪意にさらされることは想像できるんじゃない?ごめんなさいね。私には、息子をそんな悪意のただ中に放り込めるような親じゃないの。本当だったら、息子が選んでつれて来た子だから、両手を挙げて受け入れたいけど……、こんな言葉はあまり使いたくないのだけれど、住む世界が違いすぎるのよ、あなた達は。だから、答えを望むというならね、将兵。認められないと答えるわ。本当にあなたが普通の人だったら良かったのに。」


「お袋!言いすぎだ!そもそも俺達は覚悟の上での結論なんだ。それに、悪意の渦にはもうすでに晒されてたし、彼女と一緒に乗り越えてきてるんだ。妬みそねみの感情をぶつけられったって問題ない。そんなのは気にならない。」


「でもね、将兵。あなたがどんな悪意の渦に飲まれたとしても、明日香さんと一緒にいることの方がさらに酷いんじゃないかしら。もし、心ない人たちがあなた達の仲を引き裂こうと暴力で訴えてきたらどうするの。お母さん、もうあの時のような思いはしたくないよよ。きっとそれはみずほも同じ気持ちよ。」


「お袋。父さんが死んだ時のことって覚えてる。」


「覚えてるわよ。忘れるわけがないわ。和臣さんのお葬式の後、あなたがおかしくなって、怪我して帰ってくるようになったわね。あなたは何も言わないし、日に日に増える傷を見て、気が気じゃなかったのを覚えてる。そんななか、恐れていた事態になったわ。突然警察から連絡があって、病院に駆けつけた。手術が終わってそのままICUに入れられて、生死の境をさまよっていたわ。お医者様からは覚悟しておいてくださいと言われて、

あの時はもう生きた心地がしなかったわ。でも、今それが関係あるの?」


「詳しい話しは日を改めてしようと思うんだけど、父さんが死んだ本当の理由は、俺をかばったせいだったんだ。家族にも話せないような極秘事項だったから、戦闘に巻き込まれて亡くなったと報告された。父さんは俺のせいで死んだ。だから、葬式で泣き崩れる二人を見て、罪悪感で心折れそうになってた。加えてずっと、まわりからお前のせいで、お前がいなければっていうような憎しみの声を、ずっと聞き続けて一度心が折れたんだ。」


突然の告白に、驚きつつも静かにお袋は聞いていた。


「で、心折れた結果、無謀なことをして死にかけたってわけ。その時に病院に駆けつけたお袋達の姿を見て、明日香の言葉を聞いて、立ち直ったんだ。それからはずっと明日香に支えられて生きてこれた。だから、大丈夫。ずっと続く訳じゃない。一過性のものだから……問題ないよ。でも、もし酷いようなら、ネルティエルターナにでも旅行に言ってもいいし……ね。」


そう言って真っ直ぐにお袋の目を見続けた。


「はぁ~。もうしょうがないわね。そんな目されたら。わかったわ、あなたの覚悟は。じゃあ、お母さんからはもう何も言わないわ。そうね、頼りない息子だけど、改めてよろしくお願いします。任せましたよ、明日香さん。それと、将兵。詳しい話とやらを、隠してること全部きちんと話してね。」


「はい。任されました。全力で寄り添ってお世話させていただきます。」


「お袋、ありがとう認めてくれて。それと、詳しい話は会食の時に伝えるよ。それまで待っててくれ。」


その言葉を聞いたお袋は、時計を確認しながら、テーブルを片付けだした。それを見た明日香が慌てて手伝おうと席を立つのを手で制した。


「将兵、明日香さんと一緒に、みずほと葵ちゃんを呼んできて。そろそろ時間だから。」


「緊張してて忘れてたよ。そういや葵もいたんだっけ。あいつに口止めしとかないとな。特に、伊東に言わないように。」


「将兵さん。では参りましょうか?」


「じゃ、遅くなるといけないから、とっとと呼びに行くか。」






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