第2話

「不条理な世界になって、生への不安、大切な人を失う喪失感、あっちは助けたのにこっちは助けなかったっていう不公平という名の不満。そんな行き場のない怒りを多くの人間が抱き、唯一の捌け口となってしまったのが、彼らだ。彼らのお陰でじゃなく彼らが原因であるかの様な世界の中で、それでも歯を食い縛って傷つきながら頑張ってきた。彼らはヒーローなんてものじゃない。只の被害者だ。」


話しているうちに俺は、これまでのことを想い、言葉は溢れ続け、自分でも制御できなくなっていた。


「ショウ、おまえ……。」


「どうしたのよ。将兵。あなたらしくもない。それに、そんなひどい人たちばかりじゃない。少なくとも、私も私の友達もそれこそそこの伊東ですら、感謝こそすれそんなこと思ってはいないわ。」


普段と違う雰囲気を感じ取ったのか、二人が少し心配げに言ってきた。

俺はかぶりを降りながら、場を少し荒らしたことを謝った。


「すまん。つい思ってたことを言ってしまった。でも、今は、俺もそこまで考えてないよ。途中から淀んだ感情が薄まってきていたのは感じられたから。今は只、彼らには傷を癒し幸せになってほしいと思うよ。」


「おまえに何があったかはわからないけど、一時期あったそれは俺も感じた。でも、それが薄まったのって、歌姫明日香が頑張って歌で説き伏せてきたからじゃないかな。」


「そうね。あんたに合意するのは癪だけど、私もそう思うわ。」


そんな暖かい言葉を受けて、感謝しつつ今の俺の想いを伝えた。


「そうだね。あの頃、何のために存在していたか分からず、腐っていた俺は、彼女のお陰で今ここに生きていることが出来てるんだ。ほんとに感謝しかないよ。」


「なんだよ、ショウ。みずほちゃんだけじゃなく、やっぱおまえもファンじゃんか。」


みずほとは俺の4つ下の妹で県内の大学に通っている。伊東と知り合って何度かうちに遊びにきたときに出会い、今はファン同士でルートというアプリで、たまに新曲の感想を言っているらしい。


閑話休題。


「えっ!将兵も ああいうスタイルが好みなの?」


「そうだね。俺も男だから。タイプと言えばタイプだよ。でも、それよりも圧倒的に歌唱力がすごいと思う。彼女の歌には力があるんだ。戦うことでしか守れないヒーローとは違い、歌という優しい力が。彼女の歌声は、人々の活力を与え、心を守ってくれるんだ。だから俺は、彼女を好きだよ。」


「将兵、さすがに好きってファンとしてよね!一人の女性としてじゃないわよね!」


「そんなのじゃないよ。ただ、持たざる者として憧れているだけだよ。彼女の存在に。これから先の世界には、ヒーローじゃなく、彼女が必要だと思うから。それに、クズだった俺を変えてくれた大切な人だからね。」


「ふ、普通に考えたらそれしかないわよね。わ、忘れて将兵。何でもないから。」


少し顔を赤らめて葵は顔を背けた。

代わりに今度は、浩平が被せぎみに迫ってきた。


「ショウ、じゃあ、せっかくだし今度ある8月のライブに、みずほちゃんも誘って一緒に行かないか?深月もついでにどうだ?新曲のお披露目があるらしいぞ!」


「そうだな、行こうか。でも、いいのか?今まで一緒に行ってた人もいるんだろう?」


「私も行ってみたいけど、チケット取れるの?よく数分で完売って聞くけど。」


「ああ、問題ない。実は、事前に伝えといたんだ。二人つれていきたいから、今回は3枚づつ買おうと。一緒に行ってた同士もプラチナ会員だからな。」


「伊東。プラチナ会員って何?それに、なんで買えること前提なの?」


「他のファンクラブと違って、歌姫明日香のファンクラブは特典で、プラチナ会員は100パーチケットが取れるんだ。」


「じゃあ、プラチナ会員は沢山いるんじゃないの?会員だけで、他の人は取れないんじゃ?」


「プラチナになるには難しいんだ。まず、最低ラインが、ファンクラブのナンバーが001~010の10名までで、グッズ購入が累計500万越えないとなれないんだ。だから、席が全部埋まることはないんだよ。」


かなりのドヤ顔で伊東は俺等を見た。が、若干ヒキ気味に、いや、かなりヒキ気味に葵は体を仰け反らせていた。

そんな2人の少しおどけた会話を、改めて感謝しつつ、昼休みが終わるまで楽しんだ。



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