第26話 加賀のコンプレックス

試験休みが終わり、久しぶりに登校した。


「久しぶり!」

「ヒロは領地に帰っていたんだろう? 全然休みじゃなくて大変だったな」

きよ真太郎しんたろうに会うのも久しぶりだ。


「ああ、でもこれから夏休みだから一息つけるよ。これ土産、いつもの」

ヒロがきよ真太郎しんたろうにナボナボを渡す。

「ありがとう。ナボナボはうちの家族も大好きなの」

「サンキュー、今回も弟たちが取り合いだな」

 夏休みの帰省で弟たちに食べさせるよう真太郎しんたろうには大容量の箱を渡す。

もちろんクラスメイトにも配った。



「うちもお盆は旧暦だから帰っていたんだ。これは土産のイカようかん」

 函館に相当する渡島おしま領も同じ時期にお盆だった。渡島おしま家の長男でワイルドなイケメンの九重ここのえも桜子たちのクラスメイトだ。ちなみに九重ここのえのあだ名はウルフだ。



「サンキュー!ウルフの領地はうちより遠いから大変だったろ?」

「ついでに七夕もあったからな。でもうちの領地は七夕が大イベントだから帰らない訳にはいかないよ」


「私たちにもお土産をありがとう」

「イカようかんて初めて!」

「すごくリアルだな」

 きよ真太郎しんたろうがイカようかんのリアルな造形に釘付けだ。


「うちからイカを取ったら何も残らないからな」

「そんなことないわ!」

 渡島おしまの自虐に反論せずにはいられない桜子。


「桜子さん?」

渡島おしま領にはハッピー⭐︎ピエロがあるじゃない!」


 桜子のキラキラが凄い。

全国のB級グルメの中でも特にお気に入りのようだ。


「ハッピー⭐︎ピエロ?」

「桜子が、そんなにキラキラするってことは食べ物なんだろうけど…」

「ピエロは食えないだろ」

 桜子の発言が不審過ぎて、清も真太郎もヒロも引いている。


「桜子さんはハッピに来てくれたことがあるの?」

「もちろんよ!6歳の頃に噂のチャイナチキンを頂いたわ、もちろんあっという間に完食よ。お婆さまはポッチャリさんバーガー、お爺さまは函館山標高バーガーを完食したわ。私も大人になったら挑戦するって決めているの!」


「ええ!? あの上品な桂子かつらこ様がポッチャリさんを!? なんか申し訳ないな…」

「あのボリュームで、あの低価格…。お祖母様が日記で『ハッピの経営は健全なのか?原価率はどうなっているのか?…心配でならない』と書いていたわ」

「それは光栄だなぁ」


「ハッピ?」

「チャイナチキン?」

謎の呪文が増えた。

「待て待て、バーガーと言っているぞ、やっぱり飲食店じゃないか?」

 きよ真太郎しんたろうとヒロの疑問が増えた。


「ごめんなさいね、ハッピはとても素晴らしいお店なのよ」

 会話に置いてけぼりにしてしまった3人を振り返る桜子。


「お店の外観写真があるわ。ちょっと待って…これよ!」

 桜子がスマホに表示させた写真を見て3人が固まった。


 ピエロだった。確かにピエロだった。

飲食店に見えない…と思ったらソフトクリームが主張してるしピエロがハンバーガーを持っているド派手な外観だった。店の前のノボリもカラフルだ。


「これはベイエリアの本店だな。領内に店舗がたくさんあるんだけど、それぞれの店舗ごとにテーマがあって、お店の装飾が違うんだ」

「これが私たちが頂いたメニューの写真よ!」


「旨そう!」

「すごいボリュームね」

「でも桂子かつらこ様なら2〜3セットはいけるんじゃね?」

 幼い頃から桂子かつらこに接することが多かったヒロだけ感想の種類が違った。

桂子かつらこ様や桜子さんが気に入ってくださって光栄だよ」



「私もよろしいかしら?」

 声を掛けてきたのは加賀領の次女で愛猫家の花子だ。美人で教養豊かで、姉の鏡子ともども憧れられちゃう系女子だが美意識が高過ぎて生きるのが大変そうだな…と思われているところもある。プライベートではいつも着物を着ている上品なお嬢様だ。


「私の地元もお盆は旧暦だから帰っていたの。これはお土産の福々うさぎよ」

うさぎをかたどった蒸しまんじゅうを配る。


「可愛い!」

「食べてしまうのが勿体ねえな」

「ダメよ。美味しいうちに美味しく頂くのが礼儀よ!」

「桜子が正しいな、早めに頂くよ。サンキューな」


「喜んでもらえて嬉しいわ」

 可愛い形の福々うさぎは大人気だ。

 一方、イカようかんのリアルさに怯んだ女子が福々うさぎにキャッキャしているのを見てウルフは微妙な気持ちだった。


「桜子さんは渡島おしまがお気に入りなのね。加賀にも美味しいものがあるのよ」

「もちろん知ってるわ!昨年、お祖母様とお祖父様が訪問されて、お土産に宇宙人サンダーくんのイラストがプリントされたクッキーを買ってきてくださったの。UFO神話の街なんですって?」


桜子がキラキラしている。


 しかし花子の顔色は優れない。ちょっと恥ずかしそうだ。

「それは…羽咋辺りでちょっと…」

 花子がゴニョゴニョとつぶやいている。花子的に宇宙人サンダーくんはイチオシではないらしい。


「私はお祖母様とお祖父様と一緒に10歳の時に加賀へ旅行で行ったわ」

「そう!そうなのね!? どうでした?」

「本場のアッパー・ホテルに宿泊したのよ!」


 桜子は大興奮だが花子の顔色はさらに悪くなった。加賀には花子自慢の格式高い高級旅館がたくさんあるのだ。提供される料理だって絶品だ。なのに何故アッパーなのか。


「あの有名なお水が欲しくてエコメイクを申し込んだの」


 リネンを交換せずにベッドメイクだけ行うシステムだ。このクリーニングに使用する水を減らす環境にやさしい清掃方法に協力するとアッパー社長の顔がプリントされたパッケージの天然水を1泊につき1本もらえるのだ。


「そ、それで桜子は何を食べたんだ?」

 花子の顔色が心配になるレベルに達し、ヒロが話題を変えると花子の顔色が持ち直した。


「もちろんチャンカレよ!」

 花子の顔色がさらに悪化した。よりによってチャンカレ。庶民に人気のチェーン店、チャンピオン・ベルトのカレーだ。


「ああチャンカレは美味いよな、うちの領地にはないけど桜子の領地にある店舗で食った。キャベツが良い仕事してる」

「うちの領地にも無いが札幌で食ったな、美味かったよ。金沢カレーの元祖って評判通りだったよ」


 ヒロとウルフが優しい。

きよ真太郎しんたろうはまだ食べたことが無いようだ。


「あ、ありがとう。他には?良いお鮨屋さんもあるんだけど…」

「チャンカレの次に行ったのは近江町市場よ!」

 まさかの庶民の台所だった。


「目についた美味しそうなものは全部頂いたわ。少し並んで入ったお店の海鮮丼も、とっても美味しかったわ。夜は金澤おでんを頂いたの」

「………そうなの…、喜んで貰えて嬉しいわ。他にも良い旅館とか美味しいものがたくさんあるから…また来てくださいな」


 思っていた展開では無かったが桂子かつらこや桜子に喜んで貰えて良かったと会話を締めくくる花子。想像以上に心に負ったダメージが大きいようだ。


「今は通販で色々買えるからアッパー・ホテルのカレーと美味しい棒は制覇したわ。新しい商品を楽しみにしているの」

 花子がちょっと恥ずかしいな…と思っているアッパー・ホテルの社長の顔がプリントされたカレーと美味しい棒の話題を持ち出されて花子のHPはゼロになった。



「ふふっ…あいつ顔に出過ぎだぞ」

 自慢のイカようかんにケチがついたような気がして対抗心が芽生えたが、桜子の悪意ゼロな対応に撃沈する花子をみてホッコリしたウルフだった。


 桜子の食欲がクラスの平和を守ったことに幼馴染の3人は気づいていた。

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