第25話 桜子の試験休み

7月に入るとすぐに期末テストだった。


 大和学園には全国から生徒が集まっている。琉球や、函館に相当する領地の渡島おしまでは旧暦の7月13日からがお盆期間だ。

 桜子の地元、武蔵領の中でも東京エリアやヒロの地元の春狩領(目黒区に相当する)や加賀領(金沢)の旧市街地のお盆も7月だ。


 領主の子女がお盆期間に不在にするわけにはいかない。

7月に入るとすぐに期末試験があり、期末試験が終わると試験休みに入る。この試験休みを利用して旧暦にお盆を行う領地の生徒は急いで帰り、終業式にまた大和に戻ってくるのだ。



「…やっと試験が終わったな」

「ヒロはいつ領地に帰るの?」

「明日帰る。お盆の間は家の手伝いだな、終業式の前には別邸に戻ってくる」

「そう…」


 ヒロがすぐに帰ってしまうと知り、がっかり顔を隠し切れない桜子だった。

 ゴールデンウィークは毎日行き来していたし、学校でもいつも一緒だったのに長い夏休みは基本的に離れ離れになってしまう。試験休みも含めたら丸々2ヶ月も離れ離れだ。


「その…桜子に頼みがある」

「なあに?」

パッと顔を上げる桜子。

「俺がお盆で帰っている間、梅子を頼めないか?」


 別邸には管理人の沖田さんもいるし庭師もいるし、別に桜子に頼む必要はないのだがヒロは桜子に頼みたかった。


「お盆はテックンと一緒に帰る予定なんだ。大和領と春狩領の移動は梅子には負担が大きいからお盆はこっちに残していく。だから寂しがって泣くと思う…」

「梅子ちゃん…」

「クポ…」

 コバたんは梅子に優しい。動物好きだし梅子がメスなので冷たくする理由がない。


「任せて! 毎日会いにいくし、お散歩も慣れたから!」

 梅子が懐いているから…を言い訳に毎日散歩に誘っていたヒロだった。

「ありがとう、助かるよ」



翌日、梅子と一緒にヒロを見送った。


「梅子ちゃん、少しの間だけ淋しいわね。でも本格的な夏休みはヒロと一緒に帰れるそうよ」

 構ってくれるのが嬉しくて、激しく尻尾を振りながら桜子にまとわりつく。


 一般的に柴犬の性格は、主人に忠実で純朴とされているが梅子はヒロに忠実というほどではない。誰にでも尻尾を振る梅子はヒロとヒロの両親からゴールデンレトリバーに憑依された柴犬と呼ばれている。


 番犬や狩猟犬として愛されてきた柴犬は勇敢で賢く忍耐強いとも言われているが、梅子の性格は甘えん坊の末っ子気質だ。

 一人っ子のヒロにとって可愛い妹で両親にとっては愛娘だ。今も桜子とコバたんに向かって行儀良くお座りし、ナデナデ待機だ。

コバたんが白い翼で優しく撫でると、うっとりと目を細めて喜ぶ。


「コバたんも梅子ちゃんも可愛いわ。梅子ちゃんはコバたんをお兄さんと思っているみたいね」

「クポッ!」

コバたんが誇らしげに鳩胸を反らす。


「お暑い中、申し訳ございません」

 春狩家の別邸管理人の沖田さんがヒロに代わって謝罪する。

「ぜんぜん悪いことなんてないし! ヒロに頼まれちゃったし!」

迷惑どころか嬉しそうな桜子。


「夜のお散歩にお誘いする訳には参りませんから、朝のお散歩だけご協力をお願いいたします。もちろん私もご一緒させていただきます」

「ええ! よろしくね」


 沖田さん大好きな桜子とコバたんはご機嫌だ。



 この約束通り、桜子とコバたんは毎朝の散歩を楽しんだ。生活が乱れがちな休みも梅子のおかげで規則正しく過ごせて毎日のご飯が美味しくて仕方ない桜子だった。


一方、その頃ヒロは…

「はあ…」

「ヒロはため息が多いね」

「……」


「桜子ちゃんの家は浦和区だからお盆は8月なんだよねえ、東京エリアだったら一緒に帰ってこられたのに残念だったね」

「べべべべべ別に桜子は関係ないから!」

「本当に?」

「……」

「ヒロは桜子ちゃんの前で同じことを言えるのかな?」


「…………もう止めてよ」

 不快な表情を隠さない息子に、ちょっと意地悪だったなと反省する父だった。



 ヒロが桜子を思って、ため息をつきながらお盆の行事をこなしている頃、桜子は…



 せっかく関西に住んでいるのだから…と、地域のB級グルメをおうちご飯で再現してもらっていた。有名な天理らーめん、鮎フライバーガー、巾着きつねうどん、大和牛コロッケ、大仏焼き、いか焼き、こし餡を揚げパンで挟んだアンフライ、飛鳥鍋…実に美味しい毎日だった。



「今日で梅子ちゃんのお散歩も終わりね。 今日の午後にはヒロが帰ってくるわよ、良かったわね」

 桜子が梅子を撫でまわすと梅子が大喜びで尻尾を振る。


「桜子お嬢さん、お疲れさまでした」

 沖田さんが手作りのジンジャーエールをサーブする。沖田さんの自家製ジンジャーエールはショウガが強めの強炭酸で桜子のお気に入りだ。コバたんには冷たいミルクだ。


「今日も美味しいわ! …沖田さんのジンジャーエールを飲めなくなってしまうのは残念だわ」

「いつでも遊びにきてください。たくさん作ってお待ちしておりますので」

「夏休み中に集まることはあると思うけど、今のように気軽に行き来できるほど近くないのは残念だわ」

「それなんですが… ヒロさんが戻られたらご提案しようと思っているのですが、一緒に帰りませんか? 梅子がいるので大きめの車を私が運転して領地に帰る予定なのですよ」

しょげていた桜子の顔が喜びに包まれる。

「ぜひお願いしたいわ!」

「梅子を休ませるために、途中のドッグランで何回か休憩するので新幹線よりも時間がかかりますが、よろしいですか?」

「もちろん構わないわ! 梅子ちゃんのためですもの!」


 お昼ご飯の後、再び春狩家の別邸を訪ねて、梅子と遊びながら沖田さんと一緒にヒロを待つことになった。

 ヒロと一緒に帰省できると大喜びの桜子は梅子よりもソワソワしており、ヒロが帰宅すると梅子より早く玄関で出迎えた。そんな桜子を見て『忠犬ちゅうけん桜子だな…』と、ちょっと失礼なことを思う沖田さんだった。


「おかえりなさい!」

「…ただいま」

 沖田さんから予め連絡を受けていなかったら動揺して喋れなかったと思う。桜子が可愛くて。…可愛い過ぎるだろう。


「梅子のこと、ありがとう」

「なんてことないわ!」

忠犬ちゅうけん桜子が嬉しそうだ。


「これお土産。いつものナボナボ」

「お菓子のホームラン王ね!」


 ナボナボは春狩領の有名なお菓子メーカーの代表作だ。ふわふわの生地でまろやかなクリームを包んだ和菓子風の洋菓子で桜子の大好物だ。

 ヒロがお盆で気疲れしている間も楽しく過ごし、美味しいお土産を貰って、桜子のご機嫌な試験休みが終わった。

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