第24話 コバたんが妥協した日(コバたんside)

コバたんはリアじゅうだ。


「はい、あーん♡」

あーん

「美味しい?」

「クポー!」


 桜子と一緒に買いに行ったパステルラムネを食べさせてもらい、純白の羽を広げて喜びを表現するコバたん。丸くてフワフワで可愛い。



── あれから13年ッポ


 幸せをかみしめながら13年前の春を思い出す。


 気持ちの良い気候に誘われて神社巡りをしていたら、心地よい気配に誘われた。

 フワフワと心惹かれる方向に飛んで行くと幸せそうなお宮参りの家族がいた。のぞきこんでみると可愛い赤ちゃんが母親に抱かれて眠っていた。


 心地よい気配の中心は、この赤ちゃんだった。

 顔を綻ばせながら母親の肩に停まって赤ちゃんを眺めた。側を離れるなど考えられず、ずっと一緒にいると決めた。



「精霊様は桜子と一緒にいてくださるの?」

上品な女性に問いかけられ、念力で取り寄せた紙に念写する。


── コバたんは桜子と一緒。ずっと一緒。


「コバたんというお名前なのね、可愛らしいお名前ね」

「クポ!」

 誇らしく、ついつい鳩胸が反ってしまう。


「もしかしてシラコバトの精霊様かな?」

 上品な女性に寄り添う男が発言した。


「シラコバトって武蔵領の一部にしか生息していない鳩だったかしら?」

「そうだよ桂子かつらこさん。シラコバトは国の天然記念物に指定されているんだよ。小型で尾が長くて、首に黒い横線が走っているのが特徴かな」

「まあ本当だわ、精霊様の首にもラインが入っているわ。凛々しいわねえ!」


「クポ!」

 誇らしく、ついつい鳩胸が反ってしまう。


「うん、シラコバトは僕ら領民の心の拠り所だからね。可愛いよねえ」

「……」

 コバたんはオスが嫌いなので特に反応はしない。



「お父さん、お母さん、洋子さん、さっそくだけど桜子ちゃんのお部屋にコバたんの宿り木とか必要なものを揃えようよ。コバたん、必要なものについて教えてもらえるかな?」


「……(プイッ)」

 コバたんはオスが嫌いなので栄一にプイッとしてやった。


「コバたんちゃん、必要なものはないのかしら?」

「くぽぉ~」

 桂子に問いかけられ、甘えるように念力で取り寄せた紙に念写する。



「ごはんは人間と同じものを食べるけど白いものね、お豆腐は好き?」

「クポ!」

 純白の羽を広げて喜ぶ。

「お豆腐にネギやお醤油をかけたものは?」

「クポ…」

 コバたんが首を振る。

「それはダメなのね」


 桂子とコバたんのやり取りでコバたんが食べるものや必要なものが判明したため、栄一えいいち己一きいちが手配に動いた。


 桜子の部屋に桜子と桂子と洋子とコバたんが残された。


── 幸せクポ~


 最愛の桜子とメスの桂子かつらこと洋子。コバたんにとってベストなメンバーだ。


「ふにゃあ…」

 コバたんが幸せを堪能していると桜子がぐずりだした。


「オムツみたいですね」

「あらあら大変、栄一えいいち!えいいちー!」

 桂子かつらこの呼び声を聞いた栄一が現れた。


「おやおや〜、桜子ちゃんはご機嫌斜めですね〜。どうしましたかー?」

 桜子を抱き上げようとする栄一えいいちをコバたんが激しくつつく。


「い!痛っ!痛いよ!」

「コバたんちゃん、どうしたの?」

 コバたんに突かれて涙目の栄一と困り顔の桂子かつらこ



「コバたん、もしかして君はオスが嫌いなのかい?」

 普段から口数が少なく、冷静な洋子に向かってコバたんが激しく肯く。


「じゃあ、久しぶりに私がオムツを変えよう」

 男役トップスターのような洋子が桜子のオムツを交換しようとして…できなかった。



── へたくそッポ…。超へたくそッポ…。布おむつならまだしも、普通の紙オムツの交換もまともに出来ないッポ…


「く、くぽー!」

 コバたんが桂子かつらこに縋る。


「あらあら私の出番かしら?」



── へたくそッポ…。洋子の方がマシに思えるほど不器用でへたくそッポ…。


 愕然と立ちすくむコバたん、ギャン泣きの桜子。


「コバたん、僕に任せて。こんなに泣いている桜子ちゃんをこのままにしておけないよ」

 コバたんが項垂れる。認めたくないが黙認することにしたようだ。


── オムツ交換の手際は見事であると認めざるを得ないッポ…


 栄一に抱かれた桜子が機嫌よく笑っている。さきほどまでの号泣っぷりが嘘のようだ。


「お眠かな、さっきたくさん泣いたから疲れちゃったみたいだね。僕は仕事に戻らないと…お母さんと洋子さんは?」

「私も己一きいちさんと外出の約束があるの」

「私も仕事に戻らないと、コバたんに桜子を頼めるかな?」

「クポ!」

 コバたんが誇らしげに鳩胸を反らせる。


 名残惜し気な三人を見送りスヤスヤと眠る桜子を眺める。


── 可愛いッポ…

 コバたんの顔が幸せそうに綻ぶ。


── 添い寝するッポ!

 いそいそと桜子の隣に横たわり、お布団代わりに桜子に翼をかける。


「ポ?」

 桜子が寝返りを打ち、コバたんに抱き着く。


── 可愛いッポ〜


 コバたんの顔が幸せそうに綻んだ…と思ったら、生後間もない赤子とは思えないほどの力で腹を絞められた。


「ック! …クポー!!」

 なんとか逃れて、ぜえぜえと肩で息をしながら振り返ると、桜子は穏やかな顔で眠っていた。


── 添い寝するッポ!


 再び桜子の隣に横たわり、お布団代わりに翼をかける。


── 可愛いッポ…

 しばらく見つめていると、再び桜子が寝返りをうつ。

── ッポ?

 ぎゅうっとコバたんに抱き着く。

── 猛烈に可愛いッポ…


 “ぎゅう” が “ぎゅうううう!” に変わってゆく。絞められているのは首だ。とても苦しい。

「ック! …クポー!!」


 ジタバタと暴れ、やっとの思いで逃れた。

ぜえぜえと肩で息をしながら振り返ると、桜子は穏やかな顔で眠っていた。


── 添い寝は暑いのかもしれないッポ。添い寝は冬までお預けッポ。少し離れて見守るッポ


 しばらく見守っていると桜子が泣き出した。オムツではないのでミルクと推測して洋子を呼びに行く。


── 桜子が可愛いッポ

 さすがに授乳は慣れたもので、コバたんも安心して見守ることができた。


「お腹いっぱいかな」

 授乳を終えた洋子が桜子を寝かせる。


── ゲップをさせたッポ? …たぶん見ていなかっただけッポ


 見ていなかったのではなく、させていなかった。いつもは栄一えいいちがゲップをさせて寝かしつけているのだ。


「おえええ」

 桜子が吐いた。


「クポー!」

 コバたんが白い翼で洋子をバシバシ叩く。


「さ、桜子! よしよし」

 洋子が桜子を抱き上げた。…抱き上げ方が雑で桜子がギャン泣きだ。

「クポー!」


 コバたんは栄一えいいちを呼んだ。

 オスは嫌いだが桜子を救えるのは栄一えいいちしかいないと判断した。

 駆け付けた栄一えいいちが見たのは母乳を吐いてギャン泣きする桜子を雑に抱く洋子だった。


「うわああ! 洋子さん! ダメ! 桜子ちゃんはまだ首が座っていないんだから」

 必死に、でも優しく桜子を抱き寄せた栄一えいいちが適切に桜子をケアした。


「ク、クポ…」

 へなへなと両羽と両膝をついて涙目で桜子を見守るコバたん。


「コバたん、洋子さんやお母さんはね…、その…向いていないんだよ。グルメとか事業開発とか、そういう方向に才能を全振りしてるから」


 コバたんが念力で取り寄せた紙に念写する。

「やらないから慣れないだけ? …うん、そういう問題じゃないんだけど…わかったよ。コバたんの希望通り桜子ちゃんのお世話は洋子さんにお願いしようか、でもいつでもフォローできるように側に僕が控えているよ。それで様子をみてはどうかな?」

「クポ!」

 コバたんは納得した。



「桜子、お風呂だよ」

 その日の夜、張りきった洋子が腕まくりしてザブっと桜子をお湯につけた。とても雑だ。


「ク、クポ!」

 焦るコバたん、しかし桜子のお世話に慣れさせなければいけない。ぐっと堪えて見守る。


 あろうことか桜子を湯に浸けたまま手順を書いたメモを読む洋子。

 コバたんと栄一えいいちが見守る中、桜子が静かに湯に沈んでいった。


「ク、クポー!!!」

「桜子ちゃん!」

 栄一えいいちが桜子をすくい上げると桜子がギャン泣きした。



── だめッポ… 栄一えいいちに任せるしかないッポ…この家のメスに任せておいたら最愛の桜子が死んでしまうッポ…今日だけで2回も死にかけたッポ…


 オス嫌いのコバたんが、桜子を養育する仲間として栄一えいいちたちを受け入れた瞬間だった。

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