第7話 スカベンジャーズ!

 妖怪退治が始まってしばらくしてわかってきたことがある。

 それは試験会場はまぎれもなく戦場だということだ。


「キリカ! 【風切羽かざきりば】一、【戦風そよかぜ】二!」

「はい!」


 私の指示に従って、希里華きりかは的確に妖術を放っていく。

 その向かう先は妖怪たち。

 ただ一つ付け加えるならば、


「あ! ヒドい!」

「おい、横取りすんな!」

「お前ら、卑怯だぞ!」


 その妖怪たちは他の受験者と戦っていて、手負いだということ。


「あーっはっはっ! 残念ながら、横取り禁止なんてルールはありませーん!」

「ルリさまのおっしゃる通りですわ! おーホッホッホ!」


 私たちは足を止めることなく、その場を駆け抜ける。


 希里華は戦闘そのものに慣れてきたのか、今では眼々めめより強い妖怪も何なく倒せるようになった。このハイエナ作戦を始めた時は戸惑っていたけど、私が戦場の厳しさを語るとすぐに順応したあたり、やはり悪役令嬢の取り巻きの素質は伊達じゃない。

 そうそう、ゲームは遊びじゃないのよね。


 私たち(というか希里華)は逃げた先で出会った妖怪をそのまま蹴散らし、次の標的を探していた。


「あ、凛之助だ」


 試験前に大口を切っただけのことはあり、凛之助は五匹ほどの妖怪を一人で相手取っていた。


「よし、キリカ、行くわよ!」

「はい!」


 凛之助の元へと走りながら、妖怪たちの様子に目を凝らす。

 ゲームと違って、残りHPが目視できないけど、それでもつちかった経験は馬鹿にできない。

 ここまでに大量の妖怪を見て慣れてきたこともあり、だいたいの状態は把握できた。


「一番右に【戦風そよかぜ】一、その後、凛之助の術が発動するのを待ってから【風切羽かざきりば】一」

「はい!」


 希里華の【戦風そよかぜ】が元気よく飛び回っている鳥の妖怪に炸裂する。

 凛之助は突然の横やりに驚いたようだったけど、彼の妖術は止まらずそのまま発動をむかえた。


「くっ、術式逆雷さかづち! 【電々鼓でんでんづつみ】!」


 空中に現れたのは雷でできた、でんでん太鼓。

 太鼓がくるりと回転し、衝撃波が妖怪たちを襲う。それは威力よりも敵への妨害を意識した範囲攻撃だ。


 そして、しびれて動けない妖怪たちに待ち受けるのは風の刃。


「術式風車かざぐるま! 【風切羽かざきりば】!」


 体力を削られていた妖怪たちは一陣の風の前に、なす術なく散っていった。

 残されたのは呆然とした凛之助、ただ一人。


「お、お、お前ら、なんてことを!」

「試験前にエラそうなこと言ってたわりには、ずいぶんとわきが甘いわね」


 しばらく、凛之助は口をパクパクさせていたけど、やがて――


「ちょ、ちょっと、あんたどうしたのよ」

「る、ルリさま、どうしましょう」


 凛之助は無言で泣いていた。

 子ども特有のクリっとした目玉から、涙がポロポロとこぼれ落ちていくけど、その静かな泣き様は子どもらしくなかった。


「み、見るな」


 凛之助はそう言うと、後ろを向いてうずくまった。

 その小さな背中を見て、彼がまだ子どもだということを私はようやく思い知った。


 自分の背丈も低くなっていたから、無意識のうちにそのことを忘れていた。


 希里華は私と顔を見合わせた後、気まずそうにしながらも凛之助へと寄っていった。


「り、凛之助、その、ごめんなさい。わたくし、少しやり過ぎてしまいました」

「……」


 されど凛之助は声を返さない。


 それを見ていると、希里華が再びこちらを見た。わかりやすく、眉が八の字になっている。

 こちらに向けて手招きするジェスチャーが何を意味しているのはすぐにわかったけど、私は――


「私は謝らないわよ」

「ルリさま!」

「だって、私、悪いことはしてないもの」


 妖怪撃破の横取りは禁じられていない。

 それどころか、むしろこの試験はそれを推奨し、その対応などもまとめて見ようとしていると思われる。

 試験の概要を女中に聞いた時も「横取りの対策は必須」とアドバイスを受けたし、試験説明でも妖怪を「撃破した者」に得点が入るとしつこく何度も繰り返されていた。


 凛之助が本気で私たちにぎゃふんと言わせたかったなら、相応の対策を練るべきだった。それだけの話だ。

 まだ子どもの彼にそれを面と向かって言うのは酷だからしないけど、かといって私が謝る義理もない。


「……わかってる、俺がうかつだったんだ」

「そう」

「これも、泣いたわけじゃないし」

「いや、泣いてはいるでしょ」


 ただ、凛之助は涙は流しても、声はあげなかった。

 たぶん、本当に不意をつかれて出てしまった涙なのだろう。それは憐みを誘うための見世物の涙ではない。


 私は凛之助に近づくと、信玄袋から手巾ハンカチを取り出した。


「はい、これ」


 凛之助は赤く腫れた目で、私の手を見つめた。


「これで拭いておきなさいよ」

「……いらない」

「遠慮こそいらないわ」

「べつに、泣いてないし」


 こいつ! あくまで泣いたことを認めない気か。


 私はあきらめて手巾ハンカチをしまうと、代わりに竹の包みを取り出した。

 包みをほどくと中から出てきたのはおにぎりだ。偶然だろうけど、三つある。


「泣いてなくても疲れはしたでしょ。これでも食って元気出しなさい」

「……いい、お腹空いてないから」


 強情だなあ、もう。


 私はおにぎりの一つを希里華に渡し、自分の分にかぶりついた。


「俺さ、絶対、妖祓師ようふつしになるって決めてるんだ」

「……ほふはんだ」

「そして、心葉流の後継ぎに選ばれる。いや、選ばせるんだ」

「ほれはたひの……それ、私の家の流派じゃん」

「ああ、だから瑠璃、お前には絶対に負けられない。俺はこんなとこで暢気のんきに飯食ってる場合じゃないんだよ」


 ……それは私たちへの当て付けか?

 思わず凛之助の表情を見たけど、その顔はいたって真剣だったので、私は何も言わなかった。


 絶対、妖祓師ようふつしになる、か。


 凛之助の言葉を反芻しながら、おにぎりを噛みしめる。

 具は梅干しで、口の中に酸味が広がった。


 私は凛之助の夢の末路を知っている。

 残念ながら、彼は妖祓師ようふつしにはなれない。

 『くくり姫』で主人公が凛之助と出会う、その時点で彼の夢は破れている。


 妖術の才能豊かだった凛之助は、子どもの頃に遭遇した妖に襲われ、霊力の器を破壊されてしまう。

 霊力がなければ妖術は使えない。ゆえに凛之助は妖祓師ようふつしの夢をあきらめることになるし、実際ゲームでの戦闘も妖術を使わない近接格闘キャラだ。


 凛之助ルートでは、過去に彼を襲った妖怪が主人公をもその毒牙にかけようとしたところから始まる。

 凛之助は主人公を守るため、そして宿敵を討ち果たすために、主人公と行動を共にし、やがて恋に落ちるのだ。


 二人の恋を運命と形容するなら、彼の挫折もまた運命づけられているといえる。


 ちなみにこのルートでの心葉瑠璃は、主人公とあまり関わらないくせに、なぜか許婚いいなずけに婚約を破棄され、挙げ句の果てに主人公たちが追っている妖怪に霊力を吸い取られ殺される。

 これは、心葉瑠璃は素の性格や言動に大きな問題があるという自論の大きな根拠だ。


 ……まあ、今は瑠璃の話はどうでもいい。

 大切なのは凛之助について。


 凛之助の妖祓師ようふつしになる夢は、『くくり姫』の中で打ち砕かれる運命にある。

 もし、私の破滅が避け得ないなら、彼の挫折もまた避けられないだろう。


「凛之助、やっぱりおにぎりあげるわ」


 どうせ一つ余っていても仕方ない。


「いや、だから俺はお腹空いてな、がふっ」


 凛之助の抗議する口に、私はおにぎりをねじこんだ。


「いいのいいの、私があげたいんだから」

「ちょっ、ふぁめ、やめろ! ふぁかった、ふぁふぁったふぁら!」


 ようやく観念したらしい。

 凛之助はしぶしぶおにぎりを食べ始めた。


「いや、ほんとにお腹空いてないんだよな……俺、今日は朝からカツ丼二杯も食べてきたから」

「まじか、遠慮してたんじゃないの?」

「お腹空いてないって何回も言っただろ。……でも、まあ、このおにぎりうまいよ」


 凛之助はゆっくりと、それでも残すことなくおにぎりを食べ切ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る