第2話

 午前は十時、鎌倉警察署内のオフィスにて。

隼人:「クラウン現象の拡大、47都道府県への緊急事態宣言及び不要不急の外出自粛要請、株価の下落と嘆く投資家達、か……いよいよ大変になってきたな」

同僚の男性警官:「フン、投資家の中には、『金さえありゃ良いんだよ何でも許されるんだよ』とか、『金こそが全て。金持ってない奴はただのムシケラ。プロレタリアートは俺にとって奴隷。金持ち=王様、いや神様だ』等と思っていらっしゃる、ただただ贅沢する事しか考えていない欲界ならではの投資ブルジョアジィもおられるからなぁ。そんな御方々が悲嘆される様を想像すると、……実に良い気味だぜ」

隼人:「そ、そうか…」

同僚の男性警官:「一方で、外出自粛中の買い溜めにより儲かるスーパーやコンビニエンスストアその他、休業要請対象施設の公表、外出自粛要請を軽視・軽蔑・無視して飲食店やパチンコ店に集る我慢弱い人間達、緊急事態・極めて危機的状況である事を全く把握出来ていない・ナメている理解力思考能力の無い平和人共のクラウン被害の続出、学費の減額訴訟、何時崩壊してもおかしくない逼迫する医療現場、経済悪化、失業、自粛警察、犯罪…………カオスどころの話じゃないぜ、こんな事」

隼人:「先の見えない未曾有の事態に対して、流石に誰しも混乱せざるを得ない状況なんだ。俺達だって、そうだから……」


 ──ヴゥーーン ヴゥーーン ヴゥーーン ヴゥーーン(警報音)


"松竹通りにて複数体のクラウンが出現、負傷者が出たとの通報。総員は直ちに出動せよ。繰り返す、松竹通りにて複数体のクラウンが出現、負傷者が出たとの通報。総員は直ちに出動せよ"


「……現れたか。よし、行くぞ」

 気を切り替えて、隼人達はオフィスを後にした。


 現場に到着した隼人とその他の警官達。そこは「アムブロシア」からも近い松竹通りという場所で、倒れている二人の若い男性と、同じく倒れて気を失っている三体の子鮫のクラウンが確認せられた。そして、体長が2~3メートル程で全身の毛が全て抜け落ちているホッキョクグマのクラウンが、坊主頭で筋骨隆々の大男と取っ組み合いをしているのだった。

「……人間共め、絶対に許さない……」

「ぐっ……」

 取っ組み合いをしながら会話をする大男とクラウン。

「人間共の所為で我々の故郷は溶け、住処も食べ物も何もかも奪われたのだ。おまけに、こんな醜い姿にまでさせられてしまって…」

「……」

「我々は絶対に人間という存在を許さんぞ!」

「うぁあっっっ!!!」

 男は勢い良く投げ飛ばされてしまった。

「あっ!!」

 透かさず拳銃を構える隼人。他の警官達もクラウンに銃口を向ける。

 倒れている男に、近寄るクラウン。

「トドメだ……死ね、人間!!」

「くっ……」

「危ない!!!」


 バァァーーーーン!!!!


 ──街中に響く銃声。隼人が放った弾丸は、クラウンの頭を撃ち抜いた。


「……や、やったか。…あっ」

 男の元に駆け寄る隼人。

「大丈夫ですか、怪我はありませんか?」

「…ん、ああ、全然問題ない……ん?」

「…」

「…」

「………あ、あれ…?」

 男の顔をじっと見詰める隼人。

「………ん?…あ、お、お前は……」

「……人群薙(ひむなぎ)!!」

「吾妻川!!」

「え、な、何でこんなところに!?と言うか、え、何時ぶりだ……?」

 ──男の名は、人群薙京介(ひむなぎきょうすけ)。環境保護活動を行うNPO法人「PIKARI~ピカリ~」のリーダー。隼人と同い年で、奈良県立弁天高校柔道部主将を務めていた(柔道全国大会の団体戦決勝で光陵高校と対戦した過去があり、その時人群薙は大将、隼人は中堅を務めていた。その時の縁で、二人は知り合った)。同じくピカリのメンバーである西原と寺池(てらち)(倒れていた男性二人)と街のごみ拾いのボランティア活動をしていたところ、四体のクラウンに襲われたのだった。

「……警官になってたんか、お前」

「ああ。それより、怪我は?」

「怪我?…見てみぃ」

「…な、……全く、怪我してねぇ。どういう体してんだよ。ただしかしだ、念のため診察は受けてくれ。今救急車を手配してるから」

「俺は全く問題ないって。ほんま大丈夫やねん。俺を搬送するなら、西原と寺池の二人を診たってくれや。幸い二人共意識はあるけど、俺と違って多少怪我を負ってるみたいやから」

「あ、ああ、勿論彼等にも受診して貰うけど…」

「なぁ吾妻川よ、久し振りに逢うたんや。今夜、付き合えや」

「……え?」

「今夜、仕事はあるんか?」

「……いや。ない」

「よし。ほんなら、決まりや」



 ──夜。横浜市は保土ヶ谷(ほどがや)にある「ネクター」というバーのカウンター席で、二人は杯を交わしていた。

「……お前はルックスが良えさかいにようけ女性のファンからサイン求められとったよな。あん時の日本武道館での全国大会もテレビで放送されとったから、ファンレターが腐る程来たって噂を聞いとるで。実際、そないに来たんか、ファンレター?」

 静かにアコースティックブルースが流れる洒落た店内で、カランと心地良く音を鳴らす人群薙のロックウイスキーの丸氷。

「…ん、うん、まぁ、確かにそれは、来てた。高校と、親父の所属事務所に。まぁでもそれは、親父が有名人だから、っていう理由で皆手紙送ったりサイン求めたりしてただけなんじゃないのかなって俺は思ってるんだが」

 ボトルのカバをグラスに手酌して一口飲み込む隼人。

「何を言うとんねや、そない捻くれた事ぬかすなや。寂しいやんけ。…あ、すまん、親父さんの事、思い出させてしまったかの……」

「え、ああ、いやいや全然、そんな事はないよ。大丈夫大丈夫」

「そうか。つい、思い出話に熱が入ってもうたわ」

「ハハッ、俺もだよ。……しかし、素手でクラウンの相手をするとはな、かなり吃驚したよ」

「俺みたいな一般人は当然武器なんて持てへんさかい、ステゴロで応戦するしかないやろ」

「いや、応戦って……。ああでも、協力してくれて有り難う。ただ、無茶はしない様に…。しかしボランティア中に襲われるとは、災難だったな。何だか、皮肉というか……」

「別に俺はあのクラウン、いやクラウンそのものを恨んでなんかいない。寧ろ一番の『被害者』である彼等を恨む筋合いなんて、一切無いから。皮肉でも災難でもない。俺も、『人間』なんやから」

「……」

「俺が取っ組み合いしてたクラウン、彼もとはホッキョクグマやねん。温暖化が原因で南下し、体毛も全て抜け落ち、飢えに苦しんでたんや」

「えっ、……そう、だったのか。そんな彼を、俺は、銃で……」

「自分を攻めるな。俺を助ける為に、撃ったんやろ」

「……」

「一緒におった三体の子鮫のクラウンやねんけど、何で四体が一緒におったんかは分からんが、まずその三体が先に襲ってきてな。命の危険を感じたから、やむを得ずやってしもうてんけど、結局彼等も環境の悪化によって苦しめられていた。産まれて間もない子供の鮫やのに……未来を壊されたんや。尊い、幼い命達は。……俺から言わせれば、クラウンこそが本当の、『犠牲者』や」

「……」

 今迄自分が抱いていなかった人群薙の考えに、隼人は胸を絞めつけられた。

「……しかしところでや。外出自粛要請が出されて外の人の数も多かれ少なかれ減ってはいるのに、何で芥は一向に減らへんねや?ほんま解せんわ。って外で呑んでる俺が言う筋合いも無いけど」

 ウイスキーをカラにする人群薙。

「此処は俺も生前の父もずっと凄くお世話になってるお店でね、このご時世どうしても売上に少しでも貢献したいと思って紹介したんだ。…世の人々が自粛諸々を迫られてる中で俺等がこうして楽しんでるのも凄く申し訳ないけど、……この事は、どうか口外しないって事で…」

「……あ、ああ」

「まぁ吾妻川さんと人群薙さんのお二人だったら、クラウンが現れても大丈夫でしょう。今日だってクラウンを相手なさってたんでしょう?それと、吾妻川さんが飲食業界の事をそうやって思って下さっている事……やっている身としては、とても有り難いですから。励みになりますよ!」

 カウンター越しに話し掛ける、ダンディーで上品で清潔感の溢れるマスター。

「マスター……」

「寧ろお二人は世の為に戦われているんです。これぐらいの楽しみは、味わう権利はあっても良いかと。クラウンは疫病と違って飛沫感染したり空気感染したりするっていうものではないので。……お二方、今日も一日お疲れ様でした。これからもどうか、宜しくお願い致します。こちら、私からの奢りです」

「おおお、有り難う御座いますマスター!!」

 なんとマスターは、二人の目前に、シャンパーニュのボトル一本とグラス二本を差し出したのだった。

「……マスターおおきに、こんなご時世やのに、……お言葉に甘えさせて頂きます。飲食業などサービス関連の仕事をやってる人達も二次災害でほんま困ってはるんやもんな。心中、お察しします」

「とんでも御座いません、来て頂いて嬉しいですよ。有り難う御座います。お二方の様なお客様に贔屓にして頂いて、大変光栄です。冥利に尽きる、ってものですかね。……では、私は一旦失礼しますので、引き続きごゆっくりと……」

 そう言って、マスターは厨房の中に姿を消していった。

「……扨、話を戻すけど、何で芥が減らへんねんって話しや。一人一人がちゃんと環境に対して意識傾けていかなあかんのに、別に難しい事をやらなあかん訳やないのに、こんな調子じゃ、いつまで経っても何も変わらん。いやそれどころか、どんどんどんどん環境は汚されていく一方や。ほんま、身勝手な人間が多すぎる。どんな生き方したら自分の事しか考えられない人間に育つんや?たかだかゴミをゴミ箱に捨てるってだけの行為の何がそないに面倒臭いんや?当たり前の事も出来ひん奴は、義務教育からやり直すべきや。…これ以上クラウンを、辛苦苦痛を、悲しみを、産み出さない為にもな……」

「……」

「罪滅ぼし──なんて言うと、凄く烏滸がましい。けれど、自分自身も『人間』であるという罪を背負っている以上、何も償いをせんいうのは気持ちが悪うてしゃあない。だから俺は、動いてるんや。『人間』という存在として、せめて自分が出来る範囲内の事だけでも、と……」

「……俺も、『人間』だ。お前が自分自身を罪人呼ばわりするのなら、俺も『同罪』だ」

「吸殻や空き缶諸々、ポイ捨てその物もまた俺等の母なる地球の自然環境の汚染破壊に大きく加担しとる。そうして塵が積もって山が作られとる事に気付いていない、若しくは自分にとってはどうでもいい、関係無い等と、不随意的若しくは故意に面倒臭がって理解しようとすらしていない、自分勝手を通り越した阿呆が数えきれん程この地球上に存在しよる。ほんまやったらな、そんな悪しき全ての莫迦共、一匹残らず今直ぐ殺してやりたいぐらいなんや。おどれ等は莫迦なんやから生きる筋合いと権利なんて一切無いんじゃ!今直ぐ死に晒せ!本当に悪しき腐れ外道共が!!!──って、言い放ってやりたいぐらいなんやわ、本心としては。自分の事しか考えへん事が、実は自分の首も絞めてる事にまだ気付いてへん人間の数がな、ほんま辟易させられるくらいのレベルなんや。ほんまに、愚かで悪辣や……」

「ポイ捨て諸々で母なる環境を殺す──クラウンに因る被害イコール、『復讐』……」

「クラウンを殺した俺が言える事やないけど、ホッキョクグマのクラウンの話に戻ると、北極に住んでいた動物がはるばるこないな所迄来るっちゅう事は、それだけ現状が深刻過ぎるいう事や。あまりにも罪深い存在やで、人間いうんは。現状の理由を理解出来ていない奴等が、世の中に跋扈……んああもう、心苦しいわ!」

「まさに加害者、か」

「北極だけやのうて、南の暖かい海に住んでるヒョウモンダコや海月等の生物達も、地球環境の変化によって北上し、その上クラウンとなって人々を襲っている。そういう情報も耳に入ってきとる。今まで人間が犯し続けてきた罪のツケを払う時が、いよいよ来てるっちゅう事や」

「…ああ。がしかし、今のこの状況を放って置く訳にもいかない。クラウン達には申し訳無いが、まずは兎に角、被害が今以上出ない様にしなければ。……こんな事言うとお前は怒るかも知れないけど、俺は警官として、……『人間』として、人々を守らなきゃいけないから……」

「……」

「……とは言え、具体的にどうしていけば良いものか。闇雲にクラウン達との戦闘を続けていけばいいのだろうか?どうすれば良いと思う?」

「……人間一人一人の、環境に対する行動と意識が粗悪で無ければ、クラウン現象なんてものは起こり得なかったと思うんやが……今更そないな事言うても、しゃあ無いしな」

「うーん……」

「……なぁ、吾妻川よ」

「ん?」

「……俺、お前に協力するわ」

「……え?」

「俺かて、ピカリの看板を背負うとる人間や。折角こうして久し振りにお前とも会えたんやし、『一番の被害者』であるクラウン達を相手にする事を想像するとやはり心苦しさもあるけど、お前が必死こいて働いてる一方で俺がのんびりしとるんのも、何だか気持ちが悪いねん。俺が加勢する事で絶対に直ぐさまパンデミックが終息するんかって言われたらそれは鳥渡返答に困ってまうけど、でも俺はお前の友達として、クラウンの終息に少しでも何か足しになんねやったら加勢したい。させて欲しい。警官やない人間がパンデミック終息に加勢したらあかんなんて法律、無いやろうからな。せやから俺自身、ただ何もせんとじっとしてるよりかは、何かしら行動を起こして答えを見付けられるよう模索していく事が今は最善かと思うんやが?」

「まぁな。……人群薙、気持ちは凄く嬉しいんだが、あのクラウンを相手にするんだぞ。……死ぬかも、知れないんだぞ……」

「ああ、そやなぁ。そないな事、言われんでも分かっとるで。もう既に、クラウンの力はこの身で味わっとるんやからな」

「……」

 人群薙の目をじっと見詰める隼人。

「……分かったよ。お前の気持ち、有り難く受け取るよ。……何だかお前が味方に付いてくれると、凄く頼もしい感じがするな。フッ、心強いよ。……宜しくな」

 

 『人群薙京介が、仲間に加わりました。』

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