Vengeance~人間に因り産み出された"支配者"~

想人~Thought~

第1話

 Vengeance~人間に因り産み出された"支配者"~



 第一話



 2019年8月26日早朝、神奈川県鎌倉市は由比ヶ浜にて、横浜市内の大学に通う19歳~21歳の男性4名・女性4名・計8名の、損傷の激しい変死体が発見された。通報者は海岸近くのコンビニエンスストアでアルバイトをしている出勤途中の女性で、8名の内男性2人と女性1人には複数の深い切り傷、男性1人と女性2人には複数の深い刺し傷、あとの男性1人と女性1人には頸部や僧帽筋等をまるで食い千切られたかのような箇所があった。彼等から数十メートル離れた地点には、使用済みの花火、吸い殻、アルコール飲料の空き缶や空き瓶、その他諸々の芥が散乱していた。


「……」

 大勢の警察の人間とマスコミと、野次馬で物々しい渚。心地よい波の音が皮肉にも漂う中、8名の被害者の前で、神奈川県警察刑事部 捜査第一課に所属する吾妻川 隼人(あずまがわ はやと)と彼の上司である中年の刑事、日野 昌彦(ひの まさひこ)は、腰を降ろして手を合わせ黙祷をした。

「……酷い、損傷ですね」

「……ああ、凄惨だな。昨夜海岸を散歩していたという方の情報によると、ガイシャのホトケさん達は昨夜11時半過ぎ頃、飲酒をしながら花火をしたりとで随分騒いでたらしい。恐らく、遊び終えて芥を散らかしたまま帰ってた所を、襲われたんだろうな」

「その可能性は高いですね。海岸を汚されてその怒りで犯行に及んだ、という事だろうか……目撃情報は今のところそれだけなんですよね」

「ああ、今のところはな」

「一先ず現時点での手掛かりは、その散歩をしていた方からの情報と、散らかった芥、そして、……この、噛まれた跡のような傷、か……」

「……ああ。あまりにも謎めいてるよな、この噛み傷も、切り傷も刺し傷も。まるで、化け物にやられたかの様な……」

「……まさか、本当に化け物に襲われたとか…?」

「いや、そんな非現実的な事は…。今一先ず考えられるのは、イリエワニに襲われたんじゃないかって事だろう」

「イリエワニ?」

「俺が思うに、八丈島とかその辺からやって来たイリエワニが襲ったのではと」

「こんな所まで鰐が?でも由比ヶ浜やこの界隈で鰐の目撃情報なんて後にも先にも聞いた事ありませんよ。それに鰐だったら、もっと大きく噛み千切ると思います。腕とか脚とか、胴体とかを切断するぐらいに。切り傷や刺し傷も、鰐によるものとは考え難いかと。…小型の鮫の、仕業じゃないですか?小型というか、子供の鮫というか」

「鮫に襲われたとなると、まず遺体は海中で見付かる筈だろう。仮に陸に打ち上げられたとしても、こんな離れた所までは来んだろう。何より、全ての遺体は今この着ている衣服に海水で濡れた形跡が全く無いんだ。鮫の方こそ、これらの切り傷や刺し傷を負わせる事なんて出来やしないんじゃないのか」

「……確かに」

「……うーん、なんかでも考えれば考える程、鮫も鰐も有り得ないって思えてきたな。ああ、皆目見当が付かなくなってきた。初めてのケースだ、こんなの。そもそもこれは事件なのか事故なのか、仮にこれが殺人事件だとして、一体何者が犯人なのか……うーん、恐ろしいな…」

 考え倦ねる他なかった。


 翌日、鑑識の結果から散乱していた芥は全て8名のものと分かった。だが、遺体の解剖の結果について、驚きの報告が出されたのだった。

「……はぁぁぁ、……しかしまさか、鮫のDNAが検出されたとはなぁ……」

 と、日野。会議が終わった昼過ぎ、鎌倉署の近くにある行きつけの手打ち蕎麦屋で隼人と日野は両者が大好物のかけそば(麺大盛り、税込み770円)に箸を進め乍ら途方に暮れていた。

「噛まれたとおぼしき箇所に唾液とおぼしきものが付着、そのDNAが鮫と一致、ですもんね……」

 と、七味唐辛子を鳥渡付け足した残りの汁を全て飲み干して言う隼人。

「……うーん、もう何が何だか訳が分からん。検死の結果聞いて、余計に訳が分からんくなっちまったわ。海に入った形跡が全く無いのに、サメのDNAって……じゃああの切り傷は一体何なんだよ、刺し傷は一体何なんだよ、大体そもそもサメに唾液って……うぅーぅん……」

 そう言いながら、隼人と同じく自分の蕎麦を綺麗に完食した日野は店内のテレビに徐に目を向けた。画面には情報番組が映されており、事件の事が放送されている。

「…この番組のMCをやってる、ケンちゃんこと吾妻川 健康(あずまがわ けんこう)。本当、凄いよなこの人。日本を代表する超大御所コメディアンであり、且つ情報番組でこうしてMCもこなす。俺もちっちゃい頃から今迄ずっとケンちゃんのコント番組にはお世話になってるよ。特に俺、ケンちゃんのコントで『アホ殿様』と『ヒデオじいさん』と『ヘンなおばさん』が大好きなんだよ。……本当凄いよな、お前の親父さん」

「いやぁそんな……恥ずかしいな」

 二人の会話が耳に入った隣のテーブル席のサラリーマン二人が、吃驚した形相で隼人を見た(内一人は持っている箸をボテッと落とした)。


 夕方。隼人の携帯電話に着信が入る。

「──もしもし」

〈──おう隼人、今電話大丈夫か?〉

「ああ。親父は今仕事終わりか?」

〈ああ、さっきCMの撮影が終わった所だよ。それより、……隼人、色々と大変だな。体、大丈夫か?〉

「え?…う、うん、まぁ……」

〈……どうだ今晩、一緒に居酒屋で飯でも〉

「え…?」

〈少しぐらい心身を休めるのも大事だぞ。じゃないと、これからの捜査にも響くぞ〉

「……そうだな。分かった。親父と晩御飯に行く事は、俺の方からお袋に電話しとくよ」

〈分かった。待ち合わせは、大船駅前でいいか?〉

「うん、オーケー。じゃあ、また後で」



 駅の近くにある洋風居酒屋「アムブロシア」で、隼人と健康は生中を酌み交わした。

「……んぁぁ、やっぱ頑張って働いた後の酒は最高だな、隼人」

 大勢の客で賑わう中、キャップとサングラスを装着したままの健康が幸福感に満ちた吐息を洩らした。

「そうだな、頑張らないと得られないご褒美、ってやつかな。ってそれより親父、夕方の電話で俺の事心配してくれてたけど、そっちの方こそ体とか大丈夫なのかよ?」

「お、心配してくれてるのか?」

「まぁ、一応な」

「フッ、有り難うな。でも俺は見ての通り、元気だよ。家でもしんどそうにしてる所、見た事ないだろ」

「まぁ、言われてみれば。でも芸能の現場って、拘束時間が長いっていうかさ、色々と大変なんじゃないの?忙しい事は良い事だとは思うんだけど」

「まぁな。大変だと思う事は勿論いっぱいあるよ。でもそれは、芸能の仕事に限った事じゃない。お前だってそれは重々分かってるだろう」

「う、うん……」

「世の中の人達の為に一生懸命頑張って、そして今みたいにこうして自分自信にもご褒美を与える。俺は、今の自分の生き方が大好きなんだよ。隼人、お前は今の自分の生き方は好きか?」

「お、おう、勿論。俺だって、自分の人生に間違いは無いと思ってるから」

「よろしい。…だから、俺はさ、これからも、ずっと死ぬまで今の生き方を続けて行きたいって思ってる。いや、続けて行くよ、俺は」

「……」

「……まぁ、お互い大変だとは思うけどさ、頑張っていこうや」

「…そうだね、うん。頑張っていこう。…あれ、そういや今親父がやってるCMってどんなのだったっけ?」

「『モンスターズストーリー』のCMだよ。略して『モンスト』って言われてるビデオゲームの。今大人気の若手漫才トリオ『ドライシュタイナ』のイナチャンこと奇稲田(きいなだ)君と宇迦須賀(うがすか)君と神大市(かむおおいち)君、それと四人組ヴィジュアル系ロックバンド"Uriël(ウリエル)"のメンバー四人と共演させて貰ってるんだよ。お前、少しは自分の父親の仕事に興味持てよな」

「ハハハ、持ってるよ持ってるよ、少しはな。でも面子凄いなほんと。Uriëlっていったら、俺が中学二年の時からの憧れの存在だよ。その当時メンバーはまだ全員16歳の高校生だったんだけど、ゴシックメタルというか、クラシックとロックを混ぜた激しくも美しい癒しの旋律に、…ホレちゃったんだ。俺が音楽に興味を持った切っ掛け、原点となるバンドなんだよ。まさかその憧れの人達と親父が今一緒に仕事してるなんてな、俺親父の子供に生まれてきて良かったよ」

「おいおい、随分と大袈裟だな。しかし、お前Uriëlのファンだったんだな。全然知らなかったよ」

「そうだよ。って、親父の方こそ息子に興味持てよな」

「ハハハ、そうだな、すまんすまん……」

「……ん、どうした親父?…え、何泣いてるの?」

「え、いや、別に泣いてなんか……」

「あ、今俺が親父の子供に生まれてきて良かったなんて言ったから、感動してるんだろ」

「何言ってんだよ、そんなんじゃねぇよ、酒が旨すぎるから感動してるだけだよ。お前、親をからかってんのか!」

「からかってなんかねぇよ。…って、おっ、来たぜ、料理。さ、食べよう食べよう!嗚呼お腹減った……頂きます!……やば、神うま」




「…嗚呼、お腹一杯。御馳走様でした!」

 人通りで賑わう店の外で、隼人と健康の心身は美酒美料理で満たされていた。

「次は隼人の奢りで呑んでみたいものだな」

「そうだな、俺ももうガキじゃないんだし、親孝行の一つでもしなきゃだよな。俺の月収が親父のを越えたらそん時は御馳走するよ」

「おおそうか、その日を楽しみにしてるよ」

「おう。…っていや、ツッコんでくれよ。俺が親父の月収越える日なんていつ来るんだよwww」

 二人の笑い声が、心地よく響いたのだった。

「キャーーーッッッ!!!」

「!!?」

「えっ!!?」

 突然、周囲の人達の絶叫する声が街中に響いたのだった。

「なっ、何だ、どうしたんだ…!?」

「お、おい、隼人、あれ……」

「……な、…何だ、ありゃ……?」

 人間の背丈程で、全身がダークグレイの、鮫と人間が合体した鵺(キメラ)の様な実に気味の悪い怪物複数体が、次々と人々に噛み付いたり鋭い爪で刺したり切ったりと襲っているのだった。

「……」

 あまりにも突然で現実離れした光景に、言葉が出ない二人。

 と、その時だった。

「ウァッ!!」

 一体の怪物が、正面から隼人に飛び掛かって来たのだった。

「ちぃっ!」

 間一髪、回避に成功した隼人。

「こいつ、いきなり何しやがる!」

「ウゥゥ……人肉、不味イ、添加物、ダラケ、気持チガ、悪イ、ダカラ、食ベ残ス、ウゥウウウゥ……」

「…何なんだよこいつ、一体何を言ってるんだ?と言うより、喋ってるのか、こいつ……?」

「…デモ、人間以外ニ、食ベル物、無イカラ、仕方ナク、食ベル、ウゥゥ……」

「……」

「ウゥゥ……ゲギャアアア!!!」

「!!!」

「うぁあああっっっ!!!」

「親父!!!」

 怪物は、健康に襲い掛かり、腹部を一刺ししたのだった。

「!!!!!お、親父ぃーー!!!…テ、テメェ……オォルゥアアアア!!!!」

 透かさず怪物に飛び蹴りを食らわせた隼人。吹っ飛んだ怪物は、その場から逃げ去ったのだった。

「親父、…親父……!!」

 携帯電話を取りだし、119番通報をする隼人。

「……隼、人……」

「親父、今救急車を呼んだから、しっかり、しっかりしろよ!!」

「……うぅっ、まさか、こんな事、に、なる、なんて……」

「親父、しっかりしろって!」

「…あぁ、もう、駄目だ、うぅぅっ……」

「何言ってんだよ、何がもう駄目なんだよ、まだ俺親父に酒奢ってねぇぞ」

「…ああ、そう、だったな。でも、今日、は、凄く、……楽、し、かっ、た、な……」

「親父、……親父」

「…うぅぅっ、…ぐぁはぁぁっ!!」

「親父!!」

「……」

「……」

「……」

「……親父、……親父、…………」



 ウァアアアアアアアアアアァァァァ!!!!!!




 ───よくも、……よくも、……親父を───




 健康が息を引き取るのと同時に、大勢の警官達が駆け付けて来て怪物達相手に銃撃戦を展開した。まさに戦場と化した鎌倉の平和な街で、隼人は慟哭と憤怒に打ちひしがれるのであった。


 後の調べで、隼人達を襲った怪物達の内数体の死体から、鮫のDNAが検出された。そして、この怪物達自身は、産まれて間もない子供の鮫が変異したものとの報告が出されたのだった。26日に発見された若者8名を殺したのも、この怪物と同種のものである。鮫が変異したという報道に対して当然の如く世間では「何ぬかしとんねん」「アホすぎて草」「大の大人達がふざけないで下さい」「疲れ過ぎてるの?ストレスかなんかでラリってんのか?」「出任せ言うなw中二病かwww」などの書き込みがネット上で沸き起こった。この時点では、誰もが各々の完全なる平和呆けから当事案を他人事、対岸の火事と捉えていた。鎌倉市では外出自粛要請と市独自での緊急事態宣言が出されたのだが、「まぁ自分は大丈夫っしょw」と人々は余裕をぶっこいてシカトした。そうして油断をぶちかまして短絡的阿呆間抜け振りをぶっこきぶちかました所以で鎌倉から次第に全国規模のパンデミックが発生し、全国各地で誰も見た事の無い謎の奇怪な化け物達が次々と人々を襲っていったのだった。怪物達は、前記の鮫の変異体だけでなく、鳥類、哺乳類、両生類、昆虫、植物……等々といった水陸空問わずのあらゆる生物達の変異体も確認された。これに関し一部の学者からは、

「海や川、空や緑、大地といった地球の自然が、ポイ捨てや不法投棄、核実験や様々な開発諸々といった環境への汚染及び破壊行動、つまり地上に住んでいる人間達からの自然への攻撃によって、その環境の変化に応じて一部の生物達は変異というバイオハザード現象を起こされたのではないか」

 という見解も示されている。が、世の中の人間達全ての耳と目にこれが傾けられる訳では無かった(寧ろそれどころか、『何で人間が悪いって事になるんだ』などと逆ギレしたり蔑ろにしたりする平和呆けが抜き切れていない莫迦輩も居るぐらいであった)。害を被っていない奴等は、マジでどうしようも無いぐらい知能指数が低すぎるのか、将又脳みその何処かに破損箇所でも有るのか、事の重大さをこれっぽっちも把握していないのだった。


 尚、今回の事案で出現したこれら怪物達は「クラウン」、クラウンによって引き起こされたパンデミックは「クラウン現象」と呼称される事になった。



 続く。




〈吾妻川隼人Wakipidea〉

吾妻川 隼人(あずまがわ はやと)は、当作品の主人公。神奈川県茅ヶ崎市出身の26歳で、身長178cm、体重70kg(体脂肪率は11%)の短髪グッドルッキングガイ。地元の中学校を卒業後、小学生の頃からやっていた大好きな柔道をもっと沢山やりたいという一心で、親元を離れ日本で一番強い鹿児島県立光陵(こうりょう)高校に遠路はるばる進学する(何故か柔道部だけこの学校は全寮制)。高校卒業後は神奈川に戻り、県立大船大学(おおふなだいがく)に入学。光陵高校と大船大学両校で柔道部主将を務める。現在は神奈川県警の刑事として勤務。父親である健康がクラウンに殺された怒りと悲しみを胸に、彼はクラウンとの戦いに挑むのであった。

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