第3話 二人だけの再会

只狩山の山頂はクマゼミの声で賑わっていた。予想通り、クラスメートは誰も来ていない。健二はメモに書かれた地図を頼りにタイムカプセルを埋めた場所を探したが、10年前とは工事で景色が変わってしまい、なかなか見つからない。山頂をあっちこちと行き来する内に陽は傾き、クマゼミの喧騒はいつしかつくつく法師の声と代わりつつあった。


(やはり、もう見つからないか?)

 

 あきらめかけたその時である。健二の視界に、たくさんのピンク色の小さな花が飛び込んだ。夕方に咲くおしろい花だ。テレビ用のアンテナの近くだ。その瞬間、健二の脳裏に、副委員長の由美子達とタイムカプセルを埋めに来た時の光景が蘇った。小走りにテレビ塔まで来て、そこから見える富江町の景色を見て確信が持てた。


(ここだ!間違いない!)


 健二はおしろい花の群生地帯の脇にシャベルを入れて、夢中でザクザクと土を掘り始めた。やがてガチッと手ごたえがあった。土をかき分けると、見覚えがある茶色い木製の大きな箱が現れた。 


 湿気っぽい蓋をこじ開けると、ビニール袋に包まれた沢山の紙が現れた。中身は傷んでいないようだ。健二はまず、自分の紙を探し出した。黄昏時の山頂はツクツク法師の鳴き声で満たされている。既に日が陰って字が読みにくい。


「有名な科学者になって、世の中を変えたい・・・」だと…。 


(中学3年生にもなって、こんな夢みたいな将来を書くとは・・・俺一人で掘り出しに来て本当に良かったよ) 


 健二はほっと一息ついていた。取り立てて夢を追うこともなく普通に高校に行って、大学は化学系だったがあまり真剣に勉強せずに就職し、一応技術者にはなったものの、最近自分から辞めてしまったのだから。


 一人で苦笑して紙をポケットにしまい込み、帰ろうとしたその時だった。


「佐野君、来てくれたのね」


 突然背後から女性の声がして、健二は飛び上がる程驚いた。振り向くと、夕焼けの赤い光の中に、由美子の姿がある。中学生の頃とぜんせん変わっていない雰囲気だ。


「なんだ、由美子か。おどかすなよ。どうやらタイムカプセルの事を覚えていたのは俺たちだけだったようだ。実は俺はさっき思い出したんだけど」


「卒業以来10年振りかしら? 健二君の夢は叶ったの?科学者になりたかったんだよね?」


「あれ、なんで知ってるの? 昔話したっけ? まあ、叶った訳じゃないけど、概ねその方向かな? なんちゃって・・・で、由美子はどうなんだよ。タイムカプセルに何を書いて入れたの?」


「そんなこと、女の子に聞くもんじゃないわよ」  


「なんか、ずるい」 


 二人は並んで山を降り始めた。既に辺りは薄暗く、互いの顔も見えにくい。今まさに、津多羅島のさらに向こう、遥か西方の水平線に太陽が沈もうとしていた。


「あの、ごめんな・・・ずっと心の奥に引っかかっていたんだ。俺はいつも、面倒な仕事は副委員長のお前一人に押し付けて、学級委員長のパフォーマンスだけやっていい気になっていた。そんな性格だから、きっとばちが当たっんだ。今なら、中学生の時は分からなかった人の気持ちが分かる」

  

「その言葉、健二から聞けて嬉しいよ。でも私は好きでやっていたのよ。もう気にしないで」 


 日が暮れると、辺りは真っ暗になった。富江町が見渡せる場所まで来たが、年々人口が減少している町の明かりは少なく小さい。月の明りを頼りに、二人は街灯もない田舎道を並んで歩いた。やがて、町に着いた。もうすぐ別れ別れになる。


「由美子は今どこに住んでいるんだ?俺は中学を卒業してすぐにこの町を出たけど、由美子は確か、高校まではこの町だったよな」


「さあ、今はどこなのかしらね・・・タイムカプセルの事だけど、私は好きな人と一緒にいたい。だから、真っ暗な中で10年間、ずっと待っていたの」


「ほう・・・。コロナがなければその人に会えたかもしれないのにな」


「タイムカプセルを埋める場所を、毎年おしろい花が咲くあの場所に決めたのは私。知ってる?おしろい花には、人と人とを引き合わせる力があるのよ」


 由美子は真っ黒でころころしたおしろい花の種を2つ健二に差し出した。


「夕暮れのおしろい花は、確かに幻想的な雰囲気があるね。タイムカプセルの中身は、俺が預かるよ。今度は俺が責任持って、クラスメートみんなに送るよ。学級委員としての最後の仕事だ。ところで、由美子は明日は空いているの?」


「ごめん。私はもうすぐいなくなるの。みんなに配るの、よろしくね。会えて良かった・・・」


 健二の実家は狩立郷にある。そして由美子は職人町だ。ついに、道が分かれるところまで来てしまった。由美子の横顔は嬉しそうに微笑んでいた。


「明日はまだお盆の中日なのに、もう本土に戻るのか…由美子は忙しいんだなあ。分かった。また今度会おう」


「今日は嬉しかった。さようなら。きっと連絡してあげてね。うまくいくといいね」


 家まで送っていくという健二を断って、由美子は闇の中に消えていった。


(相変わらず、ちょっと変わったことをいう娘だ)


 健二はそう思いながらも、由美子といると温かい気持ちになれる。


(電話番号は聞けなかったが、由美子の実家に電話して聞いてみるか)


 健二は一人で家路についた。

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