第7話 北校舎の人
怒涛のレッスン期間を終え、“トキメキアイドル大運動会2020”撮影当日がやってきた。
都内から少し離れた今回の撮影が行われる小学校に一台のオンボロワゴンを止める。
ガラッと後ろの席のドアが開けばサングラスをして見せつけるように艶やかなブラウンの髪を払うエリカと髪型の雰囲気が変わった香奈子がエリカの後に続いてワゴンを降りた。
「ちょっと柊木!めちゃくちゃ車あるじゃん!撮影だけじゃないでしょ、あの数。ローカルの撮影なんじゃないの?」
「優勝賞品がアレじゃ、こうもなるだろう。あと呼び捨てやめろ。」
エリカは紫色の日傘をさしてサングラスをずらすとあきらかにロケハン以外のロケ車の多さに驚愕したように俺に当たり散らす。
しかし優勝賞品というワードを聞くと言葉につまり、舌打ちしながら納得したように高いヒールをコツコツ鳴らして校舎に向かって歩いていった。
そんな様子をみていた白い麦わら帽子の香奈子はきょとんとしながら少し遅れて俺と歩いて校舎に向かう。
香奈子の髪型の変化に気づき声をかけた。
「髪型、変えたのか。」
「はい、昨日変えたんです。エリカさんのいきつけの美容院で。それにしても凄いんですね…私の知ってる美容院とは違ってて驚いちゃいました。」
髪型は黒髪のままだが、前の部分パーマがかかった感じを残しながらも首の付け根あたりまで切っており古臭さは大分抑えられていた。
しかし内心まだ古臭いなと思っていたが、そんな俺を他所に髪型の変化を指摘されると楽しそうに話し出す香奈子。
「でも…その、私ちょっと髪型にこだわりがあるのでエリカさんのアドバイスを全部取り入れられなくって…」
「それであんなに機嫌が悪いのか」
いつにもまして機嫌の悪いエリカに納得すると校舎に入り案内を確認しながら控室兼教室の近くまで香奈子を見送るのだった。
****
控室の前で隙間から中をじっと睨みつけていたあたしを見つけた香奈子は白い麦わら帽子を脱いで声をかけてきた。
「エリカさんどうしたんですか?」
「……中にいる連中がローカルにでるようなグループじゃないのよっ」
のんきな相手に舌打ちしながら一緒にガラッと中に入れば一斉にあたし達を見る他グループのアイドル達。
意を決してあたしはスリッパをヒールのように鳴らし軽い足取りで狼狽える様子をみせないよう香奈子の手を強引に引っ張り、隅のスペースに荷物を降ろした。
(あっちは確かこの間の金曜の歌番組で出てたグループ…そのとなりは一昨日、地上波のバラエティに出てた人気ご当地アイドル…流石に
アイドルグループの品定めをしつつ知名度では勝ち目の薄さを感じつつ衣装をハンガーにかけメイクを始めた。
隣で香奈子も始めていたがあたしの様子が気になるのかチラチラ視線を向けてくる。
「なによ、ジロジロみないでよ」
「…顔色が良くないから、大丈夫かなって」
「このメンツみて顔色悪くならないのはGUIレベルのアイドルグループと世間知らずの地味子だけ………、そうだった。アンタ、その世間知らずの地味子だったわ」
ため息をつきつつ、先にメイクが終わった香奈子を見れば、また苛立ちをぶつけるように控室の扉を指した。
きょとんとしながらあたしが指をさした先を見て小首をかしげる香奈子。
「車にリップ忘れてきた。とってきて、香奈子。」
「え…リップ?」
「いいから取ってきなさいよ!」
眉を寄せて怒鳴れば、びくっとして反射的に立ち上がりぺこりと他のグループのアイドルにお辞儀をしつつ教室を香奈子は出て行った。
私はエリカさんのお願いを叶えるためワゴンの鍵を貸してもらおうとマネージャーの柊木さんを探し回るも中々見つからず遂には迷ってしまい、とぼとぼ歩いていれると曲がり角で人とぶつかり軽く尻餅をついてしまった。
「あ…、すみません。大丈夫ですか?」
「いたた…ええ、大丈夫です。ごめんなさい、よそ見しちゃって」
サングラスをし、肩までかかったクリーム色の髪をした男性が手を差し伸べると、ぶつかった際に赤くなった鼻を抑えていた私の手を取り立ち上がらせた。
深くお辞儀をしながら謝罪するも、目の前の男性はきょろきょろしてサングラス越しでも分かるほどの物腰の柔らかな笑みを浮かべる。
「……実は迷っていて、北校舎にいくにはどこから行ったらいいかな?」
****
僕が所属してる事務所の仲間が今回のローカル番組の仕事を「そんなだっせぇ番組行くかよ」と言って誰もやりたがらず。スポンサーの手前、僕だけでもと一人で来たわけだけど…困ったことに校舎が中々広くて迷ってしまった。
「すみません…、私も迷っていて。お役に立てそうにないです」
そんな中、女性とぶつかってしまい人に出会えたついでに北校舎の教えてもらおうと声をかけたのだが、目の前にいる僕と同じように迷っている女性の話し方…失礼、女の子だね、その女の子の上品でいてウィスパーがかった話し方に興味が向いてしまい僕は思わず。
「良かったら、名前を聞いてもいいかな?」
「え?…清水香奈子です…?」
名前を聞いてしまっていた。自分でも思ってもいない行動だったので少し慌てて手を軽く振り眉を下げて笑いかける。
「…ごめんね、つい…あまり見ない感じの子だったから」
「……あ、北校舎っ!」
「っ!?」
僕の目的地を言いながら声を上げると思わずびくっとしてしまい彼女に目を向けた、香奈子さんという名前の彼女はくすくす屈託のない笑顔をしつつ校舎に張られている紙を指さした。その先には“北校舎”と書かれており、きょとんとして彼女をみた。
「ふふ、北校舎からいらっしゃったのに北校舎を探してるって仰ってたからちょっと面白くって…ごめんなさい」
「…あ、ほんとだ。あはは、じゃあ僕がさっきいたのは北校舎だったんだね。どうも方向音痴で、近くでも迷っちゃうんだ」
「わかります、私も飛行機を降りたあと中継がきた時、ゲスト出口って言われてたのにその隣の一般出口に行っちゃって…ふふふ」
口元を隠しながら楽しそうに笑う彼女につられて笑って話し込んでしまい、ついでだからと一緒に北校舎に向かうとスタッフが見えて安堵し彼女はその横の教室にいたマネージャーだろう、おかっぱの男性に手を軽く振って声をかけ駆けていく。
途中、足を止めて振り返ると先ほどとはまた違った柔らかな笑みを浮かべつつ手を軽く上げる。
「一緒に探してくれてどうもありがとうっ、お仕事がんばってください」
そんな彼女を僕もまた手を軽く上げて見送り見えなくなると同時にスタッフがぺこぺこ頭を下げて血相を変えて駆け寄ってくると申し訳なさそうに声を掛けてきた。
「すみません
「いえいえ、気にしないでください。……それに、ちょっと楽しいこともありましたから。」
「…?」
サングラスを外しながら香奈子さんのことを思い出し笑みをこぼす、スタッフは不思議そうに僕のことをみている。
「コウに帰ったら聞かせてあげようかな。」
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