第5話 昭和アイドル香奈子の歌声




『波打ちに立つ 白いサンダルはいて』


 なに?何なのよ、この子———!

 香奈子は第一声から伸びやかでぶれない、加工されてない心地のよい響きの歌声で歌い始めた。

 周りは歌いだしの声に驚き、つまらなさそうに髪を弄り欠伸をしていたエントリーナンバー2番の子も思わず視線を向け聞き入り始めていた。


『会いたいの? 夜にこっそりね』


 それだけじゃない、歌だけではなくダンスとは言いがたいシンプルなステップを踏んでいる香奈子。でもそれが曲とマッチしていて清廉性を高め、近寄りがたい、でもいつまでも聞いていたいと思わせている。


『でも秘密があるの キミのワイシャツ抱きしめてた』


「…完璧ね。寸分違わず、あの時の清水香奈子ちゃんそのままだ」

「見えないはずのステージが見えてます…俺。」


 赤髪のイケメンは香奈子の歌声にため息をもらしながら感動に浸り、冴えないおかっぱ男も信じられないといった具合に目を擦りつつ見ていた。

 そう、ステージが見えるのだ。

 歌う香奈子のバックには白いタキシードに黒いスラックスを履いた大勢のジャズバンド、セットは手作り感のあるがあの子のためによく計算されたものになっている。ドライアイスも焚かれ足元には雲のようにフワフワと浮いていた。


『駆け抜けるヴェールの海岸』


 手を伸ばし小首を少し傾げながら、もし目の前に観客でもいれば腰が抜けてしまうほどの笑顔を向ける香奈子。最後の音が終わったところでマイクをぎゅっと握り嬉しそうにしていた。

 パチパチっと拍手が聞こえてくる、それにつられて隣のおかっぱもオーディションにきていた子たちも拍手をしていた。協調性がないと思われたくないので、仕方なくあたしも手を叩く。


「いやぁ、素晴らしかったよ。柊木、これはもう決まりでいいね?」

「はい、俺は口を出しません。」

「…え?」


 きょとんとして赤髪のイケメンとおかっぱに目を向けまた小首をかしげている。いつまでもうざったいんだよ、ぶってんじゃねぇよ。まじでウザい!

 あたしはイライラを募らせながら、どうせこの目の前のこの子が選ばれるのだろうと眉を寄せながら鞄を持つ。



「香奈子ちゃんと5番の本条エリカちゃんを合格とします」

「は???」


 思わず素っ頓狂な声を出してしまった、え?あたしも合格したの?なんか香奈子のおまけみたいなんだけど!!でも事務所所属ってことよね?ウソウソ!!やったーーー!!!!

 内心歓喜に震えながらもおかっぱの冴えない男のほうは思っていたのと違うのかわなわなと震えて赤髪のイケメンに抗議していた。


「社長、合格者は一人って決めたじゃないですか!」

「いいじゃないの一人も二人も変わらないよ。」

「でも…!」


 赤い髪を払いながらあたしと香奈子に近づくイケメン社長、お互いの肩を引き寄せるとウィンクしながらにっこり笑いかけた。


「これからよろしくね、香奈子ちゃん、エリカちゃん。」







****




「はーい、Felpuriフェルプリさん入りますー!ファンの方は下がって下がって!」


 スタッフがそう叫ぶと、一気にファンであろう女性たちが群がってくるのを懸命に警備員たちが押さえ込んでいた。黄色い歓声の中、黒塗りのリムジンから降りてくる数人の男性。

 黒髪でサングラスをしている一人が舌打ちしながら歩く。


「ちっ、うるせぇな。黙らせろよ。」

「こら、駄目だよ。コウ、王子様らしくしないと。」

「いいんだよあきら、カメラの前だけやってりゃバレやしねぇんだからな」


 黄色い歓声の中、悪態をつくコウと呼ばれたサングラスの男から昌と呼ばれたクリーム色の肩までかかった髪の男が諫めている。ほかのメンバーだろう数人もやれやれと呆れた様子でファンサービスをしながらスタジオに入っていく。



「ここ数年、俺たちがずっと1位ばっかりで、歯ごたえのあるグループいねぇしやる気でねー…。」

「首位を維持し続けてるのはいいことじゃないか、コウ」



 デカいため息をわざとらしくつきながらコウは言葉を続ける。





「どっかにいねぇかな、骨のあるヤツ」





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