第45話

 PDWには音声を残すことができる。兵士が危機的状況、これ以上の生存が望めない時のために遺言、あるいは戦略的なヒントを残すためである。所有者の死が確認されると、それは自動的に自律ドローンへと形態を変化させ、HQあるいは定められたセーフティポイント目掛けて走りだす。そんな機能が搭載されていた。


 デバイスを操作し、マイクを起動する。糸のような細い可能性に自分をベットするのは非常に自分らしくない、とはわかっていたが、「あるかもしれない」に対しては期待せざるをえなかった。


「俺のバディ。親愛なるカエサレア」


 彼は録音の始めをそう語った。非常に短い間だったが、彼女は自分のバディの中でもとくに誇るべき存在だった。感謝しかない。そう告げた。自律ドローン状態のPDWはその目を模した部分が赤く光、静かに彼の声を聞いていた。


「君がもし目覚めたとしても、俺はそこに居ないだろう。

 デバイスのなかにはジャック・ルイスリーに関する騒動の顛末が記載されている。レポート業務は俺の苦手のするところだが、君ならばうまく読み解いてくれるだろう。君ほど聡明なバディを俺は知らないからな。


 俺はDOGsを除隊したが、傭兵として前線に向かうつもりだ。アンセムの最前線はレーアン諸島、もしくは、シルリー沖だろうか——いや、そんなことはどうだっていいな。君が目覚めるころには状況は一変しているかもしれない。


 俺はジャック・ルイスリーを殺さなければならない。今は檻のなかにいるが、いずれ解放されるだろう。あるいは第二、第三の奴が現れるか。とにかく、やつのような悪意を一つの場所に止めておくことは不可能なんだ。彼自身の告白では、裏に世界政府がいる。闘争と平和の連続を繰り返す存在が。俺は暴力だ。醜い獣で、無能な。そして奴を殺害せねばならないという嫉妬心と義務感を抱いている。さようなら。俺はジャック・ルイスリーを倒さねばならない」


 それからしばらく彼は無言になった。他に伝えなければならないことはないだろうか。どうも不安になったからだ。


「あぁ、あと。DOGsからの退職金は、このアパートの家賃に当てている。向こう百年は問題ないはずだ……おそらくではあるが、百年経つより、このアパートが無人化している方が早いだろう。君はまだDOGsに属しているから、目覚めるより先に焼却処分されたり、アパートもろとも埋められたりすることはないだろう。あくまで、おそらくの話だが。


 最後になるが、このアパートにはPDWとデバイスを置いていく。君にはもしかしたら無用の長物かもしれないが、もしかしたら何処かで役に立つかもしれない。

 さようなら。俺のバディ。君が目覚めることを心から祈っている」


 そう言うと彼はデバイスを操作し、録音を閉じた。PDWの赤い瞳は光を失い、沈黙する。彼はそのフレームを愛おしそうに撫でると、グラスを片付け、外出の準備を始めた。


 外では爆発と銃声が響き、埃のような煙が舞っている。ランクトンはそれを他所に、一度顔を洗おうと洗面器へと向かった。水を止め、顔を上げると、そこには自分の姿が映っていた。


 ——ああ、これが俺だ。


 今となれば、そう思った理由に説明がつく。彼は瞳を閉じると、カウンターに置いてあるキーを取り上げ。玄関から外へと出た。いままでくぐもって聞こえた爆音がクリアになる。


 彼は自身の所有するクーペを呼び出し、目的地を空港へとセットした。航空機のチケットは退職金から捻出することができた。適当なハブ空港から知り合いを頼りに生活しようと彼は考えていた。


 車内に乗り込むと、そこは静かで寂しいものだった。普段ならば車内で眠るか、デバイスから資料を読み込むかしていたものだったが、今はまったく眠くないし、デバイスは自宅へと置いていってしまった。車でニュースを流すことができたが、そのような気分にもなれなかった。


「音楽でも流してくれないか」


 ランクトンがそう言うと車内のルームシステムが反応し、陽気な音楽を流しはじめる。それが彼の心象を慰めるにはあまりにも明るすぎるものだったが「止めろ」と命令するのにはあまりにも億劫だった。ルームシステムは次から次へと流れ続ける。その途中で国歌が挟まったため、少しだけ彼は眉をひそめた。けれども、その歌が終わればまた別の音楽が流れ始める。


 世界は混乱に陥っている。

 遠くの国では誰かが犬のように働かざるを得ない状況にあり、遠くの国でアンセムが歌われる。そして、蒸気のような見えない存在が世界を操る。平和と闘争が螺旋状に繰り返される。


 彼はその未来を想像し、瞳を閉じた。

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