第33話
DOGsによる武装車両が、スピーチを繰り広げていた集団に突っ込む。車の中からは隊員らがぞろぞろと現れ、反社会集団共を逮捕しようと、抗争を繰り広げる——ここは地獄だ。とてもではないが、ランクトンは見ていられなかった。その行為が自分の信じていた理想に繋がるとはとても思えなかったからだ。
「ランクトン!」
その場から離れようとしたランクトンを聞き慣れた声が呼び止める。振り返ってみると、そこには彼の上司がいた。ゴーディ。しかし、普段とは少しばかり様子が違う。丁寧に整えられている髪の毛は乱れ、頬は少し痩けている。体から汗ばんだ臭いがする。
「悪いな。休んでいる暇など無いのだ。お前も働くんだランクトン。怪我は治ったんだな? 各地で暴動が起きている。武装は全て容認されている。指示に従い鎮圧してくれ」
不思議と、ゴーディの言葉が今のランクトンにはとても不愉快に聞こえた。
「鎮圧より、するべきことがあるでしょう。今やDOGsはシティからの嫌われ者だ、誤解を解き、正しい情報を行き渡らせることの方が重要だろう。違いますか?」
「青いな」
「青い?」
「逆に聞くが、正しい情報とはなんのことだ? 我々DOGsが相手をしているのは姿形のない流布流言だ。
『DOGsは関係ありません!』と主張するのは簡単だが、それでは今、シティ中のインフラストラクチャーが崩壊している理由はなんだ? 市民の内側にある恐怖心の芽は何処だ? ——答えは地獄だ。
ランクトン。俺たちはすでに一つの地獄を共有されている。それは誰かにとっての「平和神話」を崩壊させたが、DOGsはそれに対して抗うのだよ。なぜならそれが世界政府の命令だからだ」
「権威主義者め。この時になってもまだ平和と政府に縋るのか!」
叫ぶ。もう耐えられないと、ランクトンは思った。とっくのとうに自分の所属していたコミュニティーが腐敗していた事実に彼は嘆きたくなる。ゴーディの襟に手をかけ怒鳴る。
「どうして同調チャネルの所有権を握るジャック・ルイスリーを逮捕しようという考えに至れない? なぁ、覚えとけクソ野郎。俺たちはくだらない数字と無能な政府のために働いていたわけじゃない」
「クソ野郎? 今、私を侮辱したのか? 俺はお前の上司だぞ!」
ゴーディは振りかぶってその拳をランクトンの頬にぶつける。鋭い痛みとともにランクトンは一度、大きく仰け反る。しかし、倒れることはない。彼はゴーディを睨みつける。
「ん? なんだね。文句でもあるのか? 今は目に見える暴徒を鎮圧することが先決だ。私の何処が間違っている?」
「今は原因の除去が先決なはずだ、こんなやり方じゃあ市民の恐怖を煽るだけだろうが!」
ランクトンはゴーディに向かって掴みかかろうとするが、周りの隊員や職員に動きを止められる。ゴーディはスーツの胸を正すと、暴徒鎮圧の指揮を再び取り始める。
「やめろ! ゴーディ! こんなことをしても、何一つ事態解決には繋がらない!」
しかし、ゴーディはそれを無視する。若い女の悲鳴が聞こえる。革命を求める火は、それに呼応して煌々と燃え上がろうとしているのをランクトンは感じていた。弾圧は反発しか生まない。しかし、自分こそ正義と思っている人間は、その事実を見落としてしまう。
「ゴーディ!」
ランクトンは声をあげるが ゴーディは鼻を鳴らし、その場を立ち去る。ランクトンを制止していた男共も、ゴーディの後を追って立ち去った。遠くには暴動の声と銃声が聞こえる。空気が揺れている。
ランクトンの目にはゴーディが強い権力、そして純粋な力を手に入れて、それに溺れてしまっているように見えた。完全にDOGsは暴走している——或いは、自分がおかしくなってしまったか。ランクトンにはもはや、何が正しいのか、わからなくなってしまった。
「俺はもう、アンタに付いていくことができない。今のDOGsを、百パーセントに信じることが……」
ランクトンは嘆くように彼の背中に話しかけた。しかし、その声は虚しくも暴力の声と弾圧の重みに潰される。この状況を変えるためには大きな力が必要だと、彼はしみじみと感じた。ジャック・ルイスリーのようなカリスマ性。アンセムのような一体感。共通かつ、明確な敵の存在。ランクトンは覚悟を求められていた。カエサレアの意見を採用する覚悟が。
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