第22話

 ジャック・ルイスリーの脱獄劇、そしてランクトンの友人であるポールフの訃報を聞いたのは北の雪国ステアエクスを出国してから二時間後、ハブ空港であるシェルウィー国際空港に到着してからのこと。ランクトンとカエサレアの二人は事態収拾のため、DOGs本部から強制帰国が命令されていた。


 シェルウィーに滞在していたDOGsの派遣隊員のコネクションを用いて、半壊していたカエサレアのボディーパーツを修復することはできた。ただ、あまり馴染んでいないようで、彼女はしきりに交換したところを動かしては眉をひそめる。


 思わぬ親友の死のショックに尾を引いていたランクトンをよそに、カエサレアは今後の展開と取るべき行動についてシミュレーションしている。空港のラウンジ。閑散としていて利用客はほとんどいない。デバイスを抱えて忙しそうに連絡を取る輸送業者をちらほらと見かける程度だった。


 壁に掛けられた大ディスプレイには、そんな二人を煽るかの様に、ジャック・ルイスリーの逃亡に関して、トークショーが繰り広げられていた。


「恥ずかしながらジャック・ルイスリーという男について今日まで存じ上げなかったんですけれども——ここでスタジオ内のオーディエンスから笑い声が響く——セキュリティの高い収容所から逃亡したとはいえ所詮、一人の人間ですから、DOGsはもっともっと人員を増やして捜索に当たらせるべきなんですよ。五百人なんて少なすぎますよ」


 そう言いながらコメディアンがフリップを出して解説を始める。めちゃくちゃなグラフとナンセンスなほどに雑多な色使い。


「DOGsがシティで動かせる職員は本当だったら三百人がせいぜいだし、襲撃で五十人以上が死傷している。このバカ漫才師、存在しない人員をどうやって捜査に導入するっていうんだよ」

 ランクトンはディスプレイを睨みながら愚痴をつぶやく。明らかにストレスが溜まっている。同調していなくとも、彼女には理解できた。昨日の飛行機墜落から今まで彼は一睡もしていない。睡眠を勧めても彼は断ってきた。


 ランクトンのようなDOGs隊員ならば特殊な訓練を積んでいるため、七十二時間までの不休作戦には対応することができる。しかし、それはあくまでメンタルケアを事前に講じてからの話。今、自分の行動が彼自身をどれだけ傷つけているのかについて、彼自身が理解しているのだろうか。カエサレアはバディとして心配になる。


「世界平和指数は二ポイント減少の九十六を示しています。これは三年前のヤード沖の海戦以来の減少幅でして——」


 ディスプレイでは経済アナリストを名乗る男が、テーマの判然としない話を展開する。悲劇的なことを言っては、市民の恐怖心を煽り、具体的な策などないまま、道徳と市民の恐怖感に寄り添うような発言を繰り広げ、最後には「DOGsの皆様には、市民を守る責任と義務がありますから、それをもう一度胸に刻んで、捜査に当たってもらいたいですね」と厳しい顔をして番組を締めた。


 DOGs、国際民事警察組織はあくまで政府からそう呼ばれているだけである。平和という建前で、武力を持つことができない政府が、紛争の解決は「民事」であると半ば超法規的に設立された、つまりはしがない一民間軍人会社である。そこに「市民を守る責任と義務」はない。あるのは政府という飼い主と、飼い主の命令を聞く番犬、というような主従関係だけだった。


 カエサレアは空港の管理者権限にアクセスしてディスプレイの電源を落とす。この後は「ジョージ・ファーディー」のコーナーに移行することがわかっていたからだ。


 彼女はバディであるランクトンに同情していた。彼は今の社会において少数派に位置する感性を持っていながら、多数派のために献身しなければいけない立場にある。


「何を見ているんだ、カエサレア」


「いえ、別に……。それよりもジャック・ルイスリーによる謎の攻撃について、ある程度ですが予想が付きました」


「聞かせてくれ。あの攻撃の正体を掴まなければ、DOGsに夜明けはないだろう」


 カエサレアが操作すると、収容所から悠々と歩いて脱走するジャック・ルイスリーの映像がランクトンのデバイスに映し出される。何か、痛みに苦しむような兵士たち。彼以外のすべての人間が伏している。そこに敵味方の分別はない。


「情報チームからの捜査が十分ではないため、確定はできませんが、彼は同調チャネルを利用したのではないでしょうか?」


「細菌兵器や電波障害の類ではなく、か」


「その可能性も捨て切れませんが、被害の拡大状況や現場の状態から考えて、その可能性は極めて低いでしょう。これは情報チームも同じ結論に至っています」


「同調チャネルを使って攻撃……もしかして同調深度と同調域を拡大させたのか。負傷した兵士の脳波を流して?」


 同調チャネルの同調深度を拡大すれば、信号は意思・会話のみならず、視覚を始めとする五感まで共有される。負傷した兵士の痛覚をチャネル上で共有されれば、恐ろしい攻撃となる。同調チャネルに接続するだけで、突然撃たれたような痛みが走るのだから。

 しかし、そのようなことが可能だとはランクトンには信じられなかった。過去に彼はいくつもの戦場をくぐり抜けたが、痛覚が同調されることは決してなかった。


「理論上可能です。しかし、セキュリティ上は不可能に近い。それを行うためにはブラフマAIを始めとする無能型のセキュリティを突破するしかありません。死者の脳波と同調すれば、生者の脳には多大な影響を及ぼしますから、そういった可能性は排除されています」


「それじゃあ、ヤツはいったい何をしたんだ」


「わかりません。あくまで、そうだと仮定すれば同じ現象を再現できる、という話です」


 そもそも、同調チャネルを利用した攻撃をするならば、ジャック・ルイスリーはどうして影響を受けていないのか、という議題になる。


 デバイスから同調チャネルの深度を変更するためには、広域回線に接続する必要がある。スタンドアローンからのハックは不可能である。それはリンゴに触れずにリンゴを食べろ、と言っているようなものだ。


「同調チャネルを利用したとして……ヤツはなんらかの電子防壁を用意していたのだろうか?」

「直前まで彼は収容所で拘束されていました。そのような準備は不可能でしょう。……なにか、別の仕掛けがあったはずです。私たちが見落としている何か、別の……」


 調査するものが増えたな、とランクトンは思わず舌打ちする。

 ヘカテログ。ジャック・ルイスリーによる攻撃の正体。彼の消息……航空機の準備は出来ていない。何もできない時間が彼にとって非常にもどかしさを感じていた。

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