第19話

 銃声が耳を衝く。狭い室内のなかで、まるで弾けるポップコーンのように、反響し続けた。しばらくの沈黙のあと、歯車が動く音が、静寂という名の独壇場に乗り上がる。その音の正体はまるで、小さな犬のようなドローンだった。


 大男が倒れる音で、ランクトンはゆっくりと目を開く。目を開く前とほとんど同じような光景が広がっていることを確認すると、深くため息を吐く。賭けに勝った喜びに、思わず口角が上がる。


「偉いぞ」


 そういってランクトンはPDWを犬でも扱うように撫でた。変形型自立ドローンでもあるそれは、命令を確認するか、所有者の危機的状況の際に小銃から四足歩行型のドローンへと変形する。


 PDWが起動しない原因は寒さではないか、そして、気温の上昇で不具合は改善されるのではないだろうか、という彼の憶測は正しかった。PDWはランクトンの危機的状況を察知し、男を射殺した。


 ランクトンはPDWにセーフティロックを命令し、そのあとに変形することを命令した。四つ足やカメラが内側に畳まれ、小銃へと変化してゆく。


 彼が己の命を託したのは、一種の手品のようなものだった。男がPDWの知識を持っていれば、手品のタネが割れていたのならば、今、床に伏して死んでいるのは男ではなくランクトンだっただろう。PDWの不調の原因が寒冷な気候であり、この暖かい室内で復調しなければ、あるいはPDWの射撃が男の体を貫くよりも、彼の脳天を銃弾が貫くスピードが早ければ、やはりランクトンは死んでいた。


 ランクトンは血だまりを踏んでテーザーガンを取り返す。


「この男が物質転移ジャンプでここまでやってきたとは思えない。おそらく、何か、足があるはずだ。それを探せば、この村から出よう」


「……その前に少しだけ考えさせてください」


 彼女はランクトンの肩を借りて立ち上がり、壁に背中をつけた。天井を見上げ、何かを観察しているようだった。


 窓は白く光っており、外の様子を確認することはできないが、これ以上、誰が来るような音は聞こえなかった。もし他に誰かいるのならば、PDWの銃声を聞きつけてここに集まってくるはずだ。


 ジャック・ルイスリーはここへ俺たちをおびき寄せて、いったい何が狙いだったのだろうか、とランクトンはベッドに腰を落ち着けて考える。ここに世界平和指数の謎があるとは、彼には思えなかった。しかし、その一方で、明らかな収穫があったのは事実だ。


 部屋に置かれたニュートンのゆりかご。逆さまに貼られたポスターにはセフィロトの樹が描かれている。反転したセフィロトは、邪悪の樹……つまりクリフォトを意味しているのだろうか?


「こいつはヘカテログっていうんだよ」


 ランクトンはポールフの言葉を思い出した。これらのモチーフはランクトンの同僚であるポールフが熱心に解読をしていた「ヘカテログ」なるものにも描かれていた。おそらく偶然では無いのだろう。しかし、モチーフに対する知識の浅さが、彼の思考を阻害する。そもそも、考える方向性から違うのだろう。ジャック・ルイスリーがモチーフに予め込められた意味を真意として使うのは好まないはずだ。


 真意はそこにないが、おそらくヒントにはなるのだろう。とランクトンは眼を細める。見極めろ、と己に言い聞かせる。


 ニュートンのゆりかごは力学的エネルギー保存の法則を実演する機器だ。パフォーマンス。それゆえに他の何よりも物理法則に束縛されている。意識されている。


 逆さまのクリフォトは、セフィロトではなく、「逆さまのクリフォト」として捉えるべきだとランクトンは想像する。もしセフィロトを表現したいのならば、素直にセフィロトを表現すれば良い。


 セフィロトは十個のセフィラとそれらを繋ぐパスによって神の力、知恵の流れを示している。その流れを逆行することで、神へと至るのが、元来のメッセージだったはずだ。とランクトンはおぼろげな知識を展開して推理を構築する。


 しかし、そこから先へと思考を継続することはできなかった。ヒントが足りない。その程度で解読できれば、ヘカテログが「トレンド」に上ることは無いだろう。彼女の方はもうここに用はないというので、ランクトンはベッドから立ち上がり、この村から脱出する方法を模索しようと、PDWとカエサレアを置いて外へと出た。

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