第18話

「止まれ。そして落ち着け。俺はあんたらの死神ではない。ただ、話をしにきただけだ」


 彼は左手で取り上げたテーザーガンを天に上げる。彼のテーザーガンは生体認証が導入されており、所有者以外、発砲は許可されていない。それを知っているこの男は、少なくとも遭難者や、この廃村に住んでいる、そういった一般人ではないだろう。


 ランクトンは男を睨む。額からは汗が流れる。部屋が薄暗いせいで、男の容姿をしっかりと確認することはできないが、その顔にはどこか見覚えがあった。いつかのビリーフィングでこの男の顔を見た覚えがある。


「……お前、アンセムの一員か」


「わかりきったことを訊くな。ランクトン」


「ここで何をしている?」


「あんたらを待っていた。飛行機が落とされ、ここへと訪れるのを待っていた。……気づいているだろう、ここがジャック・ルイスリー、彼の家だ。まぁ、あくまで、そうらしい、という話でしかないがな」


 ランクトンは舌打ちをする。


「いったい何が目的だ?」


「そのアンドロイドをこちらに寄越せ」


「カエサレアをどうするつもりだ?」


「ジャック・ルイスリーの解放に利用する。彼にはまだ、アンセムとして働いてもらわなければならないからな。死なれては困る。


 もし、ここで彼女を引き渡せば、命だけは助けてやらんでも無い。DOGsの一兵が、ここで何か俺たちの脅威になることなど、ありえないわけだからな」


 ランクトンは怒りに飲まれぬよう、奥歯を噛んだ。天秤は彼にとって悪い方向へと傾いている。カエサレアは完全に沈黙していて、とてもこの状況で頼りになりそうではない。しかし、その目は男の言うとおりにしろ、と彼に訴えかけているように見えた。


 しかし、ランクトンは彼女と男の望みどおりに動くつもりはなかった。銃口からほんの一瞬だけ目をそらし、時計を確認する。針は明らかに見当はずれの時刻を示していて「壊れているな」とランクトンは心の内で確認を行う。


「……もし、彼女を差し出せば」と言いかけて、息を飲んだ。できる限り怯えたように言葉を紡ぐことを意識する。「俺は助かるのか?」


「約束はしよう。ただし、もう二度と俺たちの邪魔をするなよ」


 男は彼から目を離すつもりはない。油断をする素振りすら見せない。この男に対して、何かを用いて注意を惹くことは不可能だと、ランクトンは悟った。「こいつは強敵だぞ」と、相手をほめたくなる。


 彼は自分の心拍数が高まるのを必死に抑える。焦りや恐怖はミスを呼ぶ。平常心を失えば、チャンスを逃す。ランクトンが体の重心を少し移動させただけで、床は音を立てて軋む。男はその音に反応し、さらに警戒を強めた。隙を見て突撃することも、どうやら無理そうだと判断した。


 リスクなしではこの状況を切り抜けることはできないようだ。と思いあたりを見渡す。頼りにしていたテーザーガンは奪われてしまった。カエサレアは床に伏せたまま沈黙している。この状態では、立ち上がることも叶わないだろう。


「おい。その小銃をこちらに寄越せ」


 男はランクトンの背中にあるPDWの存在に気づくと

 そのように指示をした。ランクトンは一度肩を落とすと、背中に手を回し、PDWを取り出した。もし彼がそれを持って戦ったとしても勝算は無いに等しい。武器にも向き不向きがあるからだ。いくら取り回しの良い小銃とはいえ、この状況ではやはり、拳銃を持って、すでに狙いを定めた状態の彼に旗が上がるだろう。


 逆転の可能性という名の希望が、一つ一つ丁寧、丁寧に折られていく。ランクトンはPDWを男の前へと滑らせた。男はそれを足で止め、自分の後ろへと蹴飛ばす。蹴飛ばされたそれは、窓にぶつかって高い音を立てた。ランクトンは見つめ、それからゆっくりと瞬きをする。彼は時間を数えていた。


 まだ、一つだけ勝機がある。ランクトンはアンドロイドほど観測が得意では無いが、室温は次第に上昇しているのを感じていた。自分たちが発する熱が、徐々にではあるものの、たしかに影響を与えているのだ。まるで蝶の羽ばたきのように。


「……ジャック・ルイスリーは直接、お前らに命令しているのか?」

「それがお前に何の関係がある? カエサレアをこちらに引き渡すか、渡さないか、それだけが問題だ」


「早まることはないだろう。ただ……そう、ただ、気になっただけだ。ジャック・ルイスリーのことを彼と呼ぶのは、なあ、どこか余所余所しい態度を取っていると思わないか?」


「余所余所しいだと? 俺たちはアンセムで一つだ」


「アンセム? ハハ。だとしたら……ずいぶんと醜い讃美歌だ。前々から思っていたんだがな、改名したほうがいい」


「立場をわかっているのか? バカにするなよ!」


 男は言葉こそ短いものの、ランクトンの挑発に顔を真っ赤にし、憤怒する。彼に持っている拳銃の銃口をランクトンのこめかみに突きつける。流石の彼でも拳銃を突きつけられれば、血の気が引く。


 彼は目を閉じる。


 衣擦れの音が喧しい。


 生か、あるいは、死か。


 表か裏か。


 彼は心の中でコイントスを投げる。

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