第16話

 その恐怖心の芽は彼らの目的地に辿り着いても摘み取られることはなかった。むしろ残酷な現実を目にしてしまい、彼はより一層ナイーブな気持ちになる。


「廃村か……文化が止まっている。インフラも整備されていない」


 それは村、という捨てられた集落という言葉がふさわしい。眼下には渦巻くように坂が続き、その坂に沿ってポツポツとカラフルな建築物——と、思われるようなものが建っている。しかし、それらのいくつかは積もる雪の重みに耐え切れず自壊してしまっている。


 このような取り残された村で、誰かが住んでいるとは思えない。どこかへ助けを呼ぶことも困難である。


「ジャック・ルイスリーはここに来たことがある可能性が高いです」


「どうしてそれを?」


「この村では同調チャネルの周波数を二つ感知できます」


 一つはランクトンとカエサレアを繋ぐものである。それならば、もう一つの正体は——おそらくジャック・ルイスリーらが利用していたものだろう。


「おそらく彼らは私たちをここへ誘い込むために、このタイミングを見計らって撃墜したのだと思います」


 ランクトンの肩に寄っ掛かりながら、カエサレアは彼にそのように説明した。ランクトンは身を伏せながら、眼下の村々を見渡すが、人の気配はない。たとえば足跡のような、人が出入りしたような形跡を確認できれば警戒できたものの、雪が全てを隠匿してしまって、はたして村の中に人間はいないのか、それとも隠れているだけなのだろうか。判然としない。


「君はどう思う」


「……多少のリスクを鑑みても、村の中へと入るべきだと思います。——おそらく私たちは、ジャック・ルイスリーとその取り巻きたちによって『誘い込まれている』状況です。

 彼らは姿を現さず、そして何も語りませんが、彼らの思惑に従わなければ、私たちはここで野垂れ死にすることでしょう」


「ジョークじゃないよな?」

「……いいえ。私たちを殺すことが目的ならば、今までになんどだって、その機会はあったでしょう」


 先ほどから、カエサレアの返答に数秒のタイムラグが生じている。その原因はおそらく、寒さと損壊のせいだろう。ランクトンは悩ましく思った。多少の身の危険を冒しても、屋内へと避難することは優先するべきかもしれない。そして、彼女自身が村の中へと立ち入ることを推奨している。彼はそれ何とも言えぬ危うさを感じながら、その正体を見極められずにいた。


 坂を下っていく。近くで見ると、それは本当に文明がストップしてしまっていることがありありとわかる。見たこともない車、カエサレアは二千年代式と言っていたが、それが本当ならばここは百年以上前から放棄されていることになる——果たしてそのような場所で、ジャック・ルイスリーは生まれ育ったのだろうか? おそらく違うだろう。それならば、ここは……とランクトンは思考を巡らせる。隣の彼女ならば、質のいい憶測を自分に提供できるだろうが、とてもそんな状況ではなかった。機械の体とはいえ、半身を押しつぶされてはひとたまりもないはずだ。


「もう少し、耐えてくれよ」と彼は彼女を励ますが、返事はない。

 道などが整備されているような努力が見られるものの、打ち捨てられてからずいぶんと年月が経ってしまっているようで、それらのほとんどが雪に覆われてしまっていた。ここがアンセムの隠された拠点である、という可能性は少ないようだ。


「……同調チャネルの強度は一番高いのは、あの民家です」


 彼女はそう呟くように話し、ある建物を指差す。その建物に特ちょうらしき特ちょうはない。強いて言えば、他の建物と比べて一回り大きい程度である。外観のほとんどが、雪に覆われていて、その建物について詳細な情報を把握することができない。


「あそこがサーバーないしは拠点になっている、ということか」


 ドアは雪に覆われていて足元が隠れている。ランクトンは足で雪を払い、ドアノブに手をかけた。彼はロックがかかっていることを確認するつもりだったが、ノブに手を落とすと、それは抵抗することなく動き、ドアが開く。それは誘っているかのようだった。

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