第10話

 どうして、よりにもよって北なのだろうか、とランクトンは疑問に思った。なぜならジャック・ルイスリーの主な活動拠点は南米だったからだ。ここから北の地域での目撃情報は無い。たしかに南米と同じくらい、北には潜伏場所に適した場所はあるだろう。秘密を隠すならば、そこも一つの手ではある。


 <ジャック・ルイスリーの肌は異様に白かった>


 <ただ、サンブロック・クリームを塗ったんだろう。南米のような日差しの強い国では必需品だ>


 <南米と同程度に北国でもクリームは必需品です。直射日光はもちろん、雪による反射で雪焼けを起こしますから。

 そして彼の顎の下には焼けた後がありました。上からの日光だけではあそこに日焼けはできない……おそらく、雪によって下から反射したのでしょう。ランクトン、貴方には気付けなかったでしょうが、彼は間違いなく顎の下を雪焼けしている>


 なるほど、とランクトンは納得した。カエサレアがそう言うのならば、その通りなのだろう。ランクトンは幸い、ジャック・ルイスリーと繋がりのある国を一つだけ知っていた。


「デスクに一度戻ろう。トラベル・パスを用意する必要がある」


「ツテがありますか?」


「ああ」


 次にするべき明確な目標が出来たためだろうか、ランクトンは先程より気分が良かった。それからカエサレアという頼もしい人材が新たなバディに加わったのも、力強く感じる。今まででは、こうもうまくいかなかっただろう。


 つい、ジェフのことを思い出す。深夜の四時まで調査資料を漁ったり、東端から西端まで世界中を飛び回ったりして、アンセムの影を追った日々、凶弾に倒れる彼の姿——お前の死は無駄にするつもりはない。これは最後の戦いだ。


 ランクトンはそう決意する。まっすぐな目を持ったまま、ゴーディのデスクへと向かう。


「DOGsから、二人分の飛行機を用意してほしい。いつも兵士を輸送するようなものでいい」


 ゴーティは突然に押しかけ、自分の眼前に来たランクトンに対して目を細めるが、彼の視線に迷いがないことを感じ取ると、ほぅ、と小さなため息を吐いた。


「それは世界平和指数の謎が解けた、ということか」


「いえ、それはまだ。しかし、ジャック・ルイスリーは俺たちにヒントを——あるいは挑戦状を——与えています」


 そうだ。これはジャック・ルイスリーからのメッセージと考えていい。あれほど聡明な男がうっかりで雪焼けの跡を残すわけがない。


 どのような手口を使ったか知らないが、あの男は世界平和指数が変動していないことを予測していた。ならば、この雪焼け跡はメッセージに違い無い「世界平和指数の謎を解きたければ、ここまで来てみろ」という。


 しかし、ゴーティの反応は彼の出鼻をくじくようなものだった。


「馬鹿言うな。飛行機を飛ばすのだってタダじゃないんだぞ。ウチの部署に、お前の妄言にベットするためのチップなんてない。正直、聞いて損したな。そんな裏付けのないような根拠で、俺の時間を使わせるな、この自然主義者めが!」


「なんだと!」


 ゴーティの激怒の喝に反論するかのようにランクトンも声をはりあげる。DOGsのオフィスも一気に空気が張り詰める。一歩引いたところから見ていたカエサレアは二人の様子を静観することに決めた。個人としてはランクトンに加勢したい気持ちが強かったが、したところで、彼からの支援を受け入れることができるとは思えない。


 どうして彼はそのような簡単な判断も下せないのだろうと彼女は不思議に覚えた。ランクトンが滝の流れのように言葉を吐き出すが、我らが上司は一向に取り合わない。ランクトンが高い壁を道具なしで登ろうとする無謀者に見えてきて、カエサレアは少し彼のことを気の毒に思った。


 カエサレアが目視で計測した心拍数や呼吸の回数、発汗の様子から、ゴーティは至って、冷静であることが分析できる。つまり、ゴーティという男は一時の気の迷いでそのような判断をしているのではない。ここから何時間粘ったところで、何度彼に意見したところで、彼の選択が揺らぐことはないだろう。


 <ランクトン。彼を説得するのは無理です>


 同調チャネル越しに彼女はそう話しかけてみたが、議論が白熱しているのか、ランクトンがムキになっているのか——理由はどちらにせよ、ランクトンの脳に彼女の言葉は届いていないようだった。結局十分ほどその状態が続いたが、カエサレアが予測したとおり、その時間を掛けて得たものは何もなかった。

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