第7話

「待っていた、だと?」


「俺は、君たちを知っている。ランクトン。DOGsのエンケラ・ランクトンだろう。腕っ節が強く、三度の内紛さえも生き延びた。恐ろしい強運の持ち主だと……。そして君の方はカエサレア……カエサレア型のアンドロイドだ。ファーストだろう」


「なぜ分かるのです?」とカエサレアは尋ねる。


「単純な話だよ。俺は君たちに出会う前から、君たちのことは知っていた。特にランクトン、君の活躍は俺たちの耳に届いている」


「光栄なことだな」


 そう吐き捨てるように言った。しかし、それは半分虚勢に近い態度だった。ランクトンは動揺していた。まさか、目の前の男に認知されているなど、つゆにも思っていなかったからだ。しかし、考えてみればそれは自然なことだと納得する。ランクトンは過去に何度もジャックを逮捕するために、彼に迫った。自分が知っているということは、相手も知っているということなのだ。


「ジャック・ルイスリー。私は貴方に質問があります」


「手短に頼むよ。忠告しておくと、俺はくだらないジョークと確認事項が嫌いなんだ」


「貴方は何者ですか?」


 カエサレアが切り出した質問はジャックの嫌いな「くだらないジョーク」のようにランクトンは思えたが、その予想を百八十度裏切って、彼は子供のようにニヤリと笑った。


「なるほど、君でさえも、その疑問に行き着くというのか。悪くない。やはり君たちは『世界平和指数が動かなかった理由』を探るために、ここへやって来たわけだ」


 深度が違うはずの、動揺という感情が同調チャネルを通してランクトンからカエサレアへと伝わった。誇るべきは、その動揺が表情に大きく出ていないことだろうか。


 しかし、随行してここまで来た周りの職員は驚きを隠せないようだった。囁き声が二人の背後で広がる。


 彼らの驚きに無理はない。ジャック・ルイスリーは逮捕されてから、一切留置所の外からの情報を絶っている。だから本来ならば「世界変動指数が動いていない」というニュースを知っているはずがないのだ。ジャックはなんらかの方法で外側から情報を得ているのではないか、と職員が声に出すと彼自身がそれを否定した。


「とんでもない。……君たちの誇る留置所のセキュリティは万全で完璧だ。ここで働くおおよそ五百の職員と、それをサポートする四千余りのAIに不備など一切無い。これは簡単な話、俺は君たちに逮捕された瞬間から、この状況を予測していただけの話なのさ」


「どういうことだ」


「ランクトン。悪いが、その質問には答えられない。代わり、というのも変な話だが、カエサレアの質問には答えよう——感謝してくれよ。俺と君たちは本来敵同士なんだから、質問に答える義理は一つだってないんだぜ。


 さて、俺が何者か、についてだが。それは君たちの判断通り、というべきだろう。俺はたしかにジャック・ルイスリーであり、アンセムのリーダーであり、そうして、どうしようもないほどの社会悪だ。戦争の火種を落として、燃やし、猛火にし、誰にも手をつけられないほどにまで広げ——それで金を稼いでいる、悪人だよ。


 機械化、都市化が進む世の中になって、蝿の一匹だって殺したことが無い人間が増える中、俺は間接的にとはいえ三万人以上の人間を殺してきた。お前の仲間も含めて」


「……よく平気な顔でそんなことが言えるなクソ野郎」


 ランクトンは顔をしかめながらそう言うが、ジャックはまったく取り合うことはせず、ただ不敵に笑っている。


「そうだな。そうかもしれない。お前らからすれば、俺は世界平和という偉大なる目標を邪魔するクソ野郎だろう。……だがな、俺からすればお前らは『幸福』という病魔で人を堕落させる悪魔のように見えるよ。快楽や全体の幸福のためならば、お前らは獣にだって平気になり下がれるようになった」


「何を言ってやがる」


「事実だ。ランクトン。君はアンセムが悪人だから、という理由で俺らの仲間を殺した——もちろん薬物投与を受けた状態で、だがな——ならば君と俺の違いってなんだ? 教えてくれ、正義の味方」


「詭弁です。ジャック・ルイスリー。貴方がいなければ、DOGsが貴方の仲間を殺す理由などない」


「戦争の起源論を展開するつもりか。ハハ、誰が始めに争いを起こしたか、なんて犯人探しほど無駄な時間はない。世界平和指数を九十八まで引き上げるのに——教えてくれ——いったいどれだけの犠牲を払った?」


 そう言われて、ランクトンは思わず口をつぐんだ。ジャックは第二次シャルマー内戦のことを言っているのだと気付いた。DOGsは独立派を武力で解決しようと試み、地元団体に武力支援を行った。そしてその結果、掃討戦となった。一つの地域と四つの村が地図から消えた。……彼らが犯した大きなミスの一つであり、傷跡だった。「何もない大地」の前にただ立ち尽くす自分を思い出した。自分たちのやっていることが、所詮、暴力でしかないことに気づかされた戦争だった。それ以来、DOGsは内部分裂を引き起こす危険性を孕むようになった。反戦派とそれ以外。


 しかし、何より恐ろしかったのは民衆だった。彼らは深い悲しみに浸り、DOGsを非難するようになった。


 ……しかし、非難の理由は凄惨な虐殺が行われたからではない。アンセムに敗北したからでもなく、DOGsの内部分裂でもない。


 民衆がランクトンらを批判した理由はシンプルに、世界平和指数が九十を下回ったからであった。


「アンセムの同志が死んで世界が平和になったとして——教えてくれ、エンケラ・ランクトン——その平和にはいったい如何程の価値があったのか。どれだけ美しいものなのか」


 ランクトンは自分が冷や汗をかいているのを感じた。

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