第5話
「初めまして。今日から貴方のバディを務めます。カエサレアです」
「話は聞いている。よろしく」
そう言って二人は握手する。カエサレアが小首をひねると長い銀髪がゆらりと揺れた。長身のすらりとした体型の女性を形取っていた。なるほど、とランクトンは同僚の言葉に納得を覚えた。たしかに彼女は美しい。ほとんどシンメトリーで構成された端正な顔立ち、一種、彫刻のような美しさと、それを秘めようとするがために生まれるミステリアスさがランクトンを魅了した。これをデザインした人間はなかなか腕が良い。窓から差し込む陽光によって彼女の顔に仄かな影を落としているのすらも、計算しているに違い無い。
「なんと呼べばいい?」
「カエサレアと」
「わかった。俺のことはランクトンと呼んでくれ。皆、俺のことをそう呼んでいる。さて、早速本題だが、世界平和指数の件については知っているか?」
カエサレアはまず首肯して答える。それからいくつかの補足説明を挟んだ。世界平和指数に関わる計算式を答えた。
「したがって、ジャック・ルイスリーの逮捕は、本来ならば世界平和指数を変動するほど重要なファクターであることは、揺がしがたい事実ではないでしょうか」
「そうだな。カエサレア。君はこの原因をなにと見る?」
「まだ、わかりません」
彼は内心、カエサレア型のアンドロイドでも、わからない問題だというのか、と少しばかりナイーブな気持ちになった。ポールフから聞いた話では、目の前の彼女は世界最高峰の頭脳を持っているという。その彼女が「わからない」というのでは、永久にわからないような気がした。あるいは、この新たなバディと世界平和指数の問題は、『計算ドリルを解くのにチェーンソーロボを持ち出すようなもの』なのだろうか?
「それよりも」と言ってカエサレアは顔をぐいと近づけ、ランクトンへと近づいた。
「同調チャネルをこれから私が指定するナンバーに合わせてください。貴方の思考を盗聴から防ぎます」
「……どういうことだ? 君専用のチャネルがあるのか?」
「距離は五十メートルが限界ですが、一般チャネルと同じように電話することが可能です」
「DOGsは一般のプロバイダーとは別の独自回線網を敷いている。カエサレア、そんなものは不要だ」
「私はあらゆる可能性を考慮しています」
「俺らの内部に裏切り者がいると言いたいのか」
「いいえ。しかし、アンセムは過去に二度、貴方たちDOGsの通信網の破壊を試みていることを知っています。何も対策せずに行動するのは危険かと」
「……わかった。君の言う通りにしよう」
ランクトンは口を閉じるとデバイスを操作し、同調チャネルのナンバーをカエサレアの指定したものにセットした。そしてそのまま彼女のナンバーにコールをかける。
<聞こえているのならば、右腕を上げてください>
脳内に彼女の声が響きわたる。同調は成功しているようだ。
<オフィス内でそんな恥ずかしいことさせないでくれ>
ランクトンはやれやれといった調子で彼女に話した。自分の同調チャネルの同調深度をランクトンは自由に操作することが出来たが、カエサレアがアンドロイドである点を考慮して意思レベルのみに留めた。これが生身の人間ならば五感さえも同調することが可能だが、機械と人間の同調には、シナプスと電気信号の変更を挟む必要があるため、十分の一秒ほどの致命的なラグが生じてしまう。
<いったいなんのためにこんなことを?>
<私はDOGsをまだ、信用していないからです>
<俺らの中に、裏切りものがいると、君はそう言いたいわけか>
<少なくとも、一人はいると。私は予想しています。
DOGsは過去に二度、アンセムによって徹底的な敗北を味わっています。そこまでの大敗の再現は、私のシミュレーションでは不可能でした。ここから二つのことがわかります>
それについて、ランクトンはすぐさま答えをはじき出した。
<ジャック・ルイスリーという男は君より賢いか、俺らの中にスパイないしは裏切り者がいて、ソイツが情報を漏らしたか>
<あるいはその両方>
独自チャネルでの電話が接続は、なるほどたしかに有効だ、とランクトンは考えた。このようなネガティブな話は、DOGs本部がプロパイダーとはいえ、できる内容では無い。アンセムに敗北した話は、ここでは絶対的なタブーとなっている。もし、彼らがおおっぴろげに口に出せば、「無礼者」として周囲にいる職員から非難されることになっただろう。
はてさて、とランクトンは考える。俺は彼女とうまくやっていけるのだろうか。彼女の純粋なスペックの高さについては、舌をまくところがいくつもあった。自身のバディとしては最高の素材だろう。
慎重かつ冷静。目の前の状況を分析することに長けている。事件の原因を訊いた時「わからない」と答えてのけるところは、一見なんでもないことのようだが評価しなければいけないだろう。
前のバディであるジェフは勇敢なところがあったものの「事実」と「わからない」ことの区別が効かなかった。憶測を真実だと思い込んでしまう、致命的な欠陥と行き違いを抱え、死んだ。
それからもう一つ評価するべきは、やはり、自己スペックの高さだろう。アンドロイドが滑らかな会話をするようになってから久しいが、同調チャネルのサーバーを兼ねてしまうアンドロイドとは、前代未聞だった。技術の進歩の目覚しさに、ランクトンは驚かざるにはいられなかった。
「ふむ。君は中々に素晴らしいようだな」
「ありがとうございます」
だからこそ——ランクトンは彼女に対して少しばかりの恐ろしさを感じていた。人間を超えてもなお、人間の姿を取らせようとする社会の歪さに。人間が人間ということにしがみ付いている、その欲深さ、必死さに。
ここまで優秀な機械があるのならば、人間の姿を形取らなくてもよい。人間的な顔立ちの美しさも不要ではないのか。人類は、人類の友しか作りたがらない。
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