第2話

 ランクトンはサングラスを掛ける。自身の所有するクーペを呼び出し、目的地をセットする。それから自分のデバイス宛てに送付されたデータ資料に目を通す。クーペは時速六五キロメートルの速さを保ったまま道路を走る。資料に記載されていたのは国際テロ組織の主犯格であり、先日逮捕されたジャック・ルイスリーについてのプロファイリング資料だった。立体映像によって緻密に再現された彼の表情に対してランクトンは思わず唸ってしまう。不気味なほどに白い肌、そしてそれを際立たせるような銀色の髪。


 思った以上に若い。年齢は不詳だが、おそらく自分よりも若い。それでいてあの聡慧さ。自分と同世代の人間で、ここまで冷徹な瞳を持った人間を、俺は過去に一度でも出会ったことがあるだろうか? この瞳はいったい何を見据えているのか、逮捕されているとはいえ、ランクトンは少し、恐ろしくなった。


 ジャック・ルイスリー、年齢不詳、男性、ラテン系。国際テロ組織「アンセム」の幹部格の人間。表立ってリーダーとして先頭に立つ人間は他にいるが、その裏では常に彼が糸を引いている。多くの戦争に勃発させ、多くの戦争に関わり、多くの人間を殺してきた。

「世界で一番賢い人間と、世界で一番人を殺した人間は、どちらもジャック・ルイスリー。彼に違い無いね」とクソったれのジョージ・ファーディが言ったことに対して、世界はある程度の共感を得た。アンチ・ジョージのランクトンでさえ、それは認めるところであった。ジャックはとにかく冷徹で、残忍である。


 しかし、その評価を改めなければいけない。なんとしても改めたいと、ランクトンは彼の再現映像を見て、思わずにはいられなかった。そして認めた。彼には人を惹きつける特殊な力があると。想像する。多くの武器を持って、壇上に登り演説を静聴する何百人のゲリラ兵ども。自らの熱気に火傷しながらも弁舌を広げる広告塔。そして、その様子を冷ややかな目で画角に収めるジャック。さながら自分たちも含め、チェスの駒としか思っていないのだろうか。


 ……だが、逮捕されてしまえば持ち前の頭脳など、そこまでだ。と、ランクトンはそう考えた。しかし、現実はランクトンの想像よりも遥かに複雑で、ジャック・ルイスリーという男の全容を明らかになど、到底かなわないと気づかされたのは、ランクトンがDOGsの本部長と言葉を交わした時だった。


「異常事態……ですか?」


「ああ。政府からの依頼だ」


 本部長であるゴーディは顎に蓄えた髭を、今月新たなタイプに新調したばかりの義手で撫でながら、ダルそうに返事をする。


 異常事態という言葉に、ランクトンは心当たりがあった。


「世界平和指数が動かない。お前も知っているとおり、昨日、ジャック・ルイスリーを我が国際警察機関が逮捕した。……説明するまでもないと思うが、現代の平和状況において、もっとも影響力の大きい人間の一人だ。だが、逮捕されても平和指数は一ミリも変化しない。AIの算出した数値では、ジャックは平和状況に全く関与していない、ということなのだ」


「逮捕したのは偽物だったのでは?」


「ありえない。鑑定結果では完全に一致しているし、クライム・ネット(Crime Net)でもジャックの逮捕が報じられている、つまり、ジャックの喪失を憂いている人間がいるということだ。にもかかわらず影響がゼロなど」


「ジャックの逮捕による平和指数の増加と減少がたまたま同値で相殺されたのかもしれませんね」


「まったく同値だと? バカなことを言うな!」


 ゴーディは右のまぶたを痙攣させながらランクトンに怒鳴った。知るかよ、とランクトンは心の中で目の前の上司に毒を吐いた。それから、もしこれがジャックの仕組んだ一つの罠だとしたら、恐ろしいことだな、とランクトンは考えた。


「ランクトン。お前はこれからバディで、この謎の調査にあたってもらう。いいな。政府は安心を求めている。不明を好まない」


「知っていますよ。単純明快で、エンターテイメント、あるいはドラマティックであれば、どうだっていい。簡単なやつらだ」


「口を慎め。自然主義者。お前が馬鹿にしているのは、お前の依頼主なんだからな」


「自然主義者は差別用語だ、ゴーティさん」


 ランクトンはそう反論するが、ゴーティの方はそれ以上、彼と言葉を交わすことはなかった。舌打ちだけして別室へと消えていく。

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