第39話 狙い

『ご覧ください、空が割れ、大木の根のようなものが辺り一面に広がっております。付近の皆様は直ちに避難し、安全な場所へ……』


 空坂市の空を映す報道ニュースをテレビで見ながら、良蔵は携帯電話で話す。


「……やはり、俺も行った方がよかったかな?」


『なーにを戯言トーキング。具体的な案もなしにロートゥルが出張るとか、無駄死に死亡フラッグよ。セガールは安易な人死にには辟アンド易、って訳』


 電話の主が相変わらずの素っ頓狂な話しぶりで携帯電話のスピーカーから良蔵へ返事を返した。


「君の言う事は半分以上分からんが、よせと言っているのは分かるよ」


『セガール良さんのそういうトコ好き』


 セガールの声を聞き流しつつ、良蔵は居間から窓の外を見やる。


 テレビに映る木の根こそ見えないが、夜空の片隅が地表から昇る赤い火の光で染まっており、一際目を引く色となっていた。


「しかし、直君達はどうする気だろうね」


『さーあ?ナガーセからは案があるって聞いたけども皆目見当も』


「長瀬君が?」


 呟いた後、良蔵は相好を崩した。


「なら大丈夫だな。帰って来るのを待つか」


『ワオ呑気。信頼って怖いネ』


 咎めるような台詞だが、その声音は気の抜けたものだった。




 ハウルとヴィオキンは根から逃げながら必死で走り、跳ぶ。


 着地した先は他のものより一際低い雑居ビルの屋上で、遮蔽物を得られた事からの安堵か、ヴィオキンが足を止めハウルに尋ねた。


「どうしよ、なっち」


「どうしよう、って……どうしよう」


 二人して打つ手がないのを知った直後、ハウルの左腕でハウルフォンが鳴った。


 その画面には[着信:志乃ちゃん]と表示されている。


「志乃ちゃん?」


 ハウルは通話アイコンをスライドさせ、左腕にマウントしたままのハウルフォンを右耳に当てた。


「はい」


『あ、直君?長瀬さんが白い女の子を探してるの。いたら教えて』


「あの子を?なんで今……」


『今じゃなきゃ駄目なんだ、って……』


 ハウルは首を捻ったが、突き放す気にはならなかった。


 志乃が嘘を言うとは思えなかったし、長瀬が無駄な事をするとも思えなかったからだ。


「分かった、探してみる。志乃ちゃん達も気を付けて」


『直君は私の心配なんてしなくていいの』


 いつも聞いた気すらする彼女の物言いに、ハウルは肩の力が抜けた。


「じゃ」


『うん』


 ハウルは通話を切り、ヴィオキンに向き直った。


「白い女の子を探せ、って。長瀬さんに考えがあるみたい」


「分かった。……でも、どうやって?」


「多分、どこか高い所でお母様や僕等の様子を見てるんだと思う。今のこの状況が、あの子の望みのはずなんだ」


「なーる。じゃあ、二手に分かれる?」


「いや。一緒にいて、お互いを根から守ろう」


「オッケィ」


 二人は雑居ビルの手すりから揃って身を乗り出し、右手にある根の様子を見やる。


 空のヒビの真下はすでに虫こぶだらけの木の根に押しつぶされて開けた空間となっており、さらに辺りを広くしようと様々な建造物を握りつぶし続けていた。


 そこからほど近い辺りに、ドラゴンバーミッシュの巨体が動いているのが見えた。


 それはすでに火を噴くのを止め、自分を取り囲む木の根に対し別の手段を取っていた。


 軽く頭を上げ、わずかに顎を開く。


 直後強く首を振り、ガィンと強く牙を打ち鳴らした。


 むき出しの牙の列が、衝突によりぼろぼろと破片を散らす。


 零れ落ちた牙の欠片は、鱗の並ぶドラゴンの体表を転げ落ちながら膨れ、次々と竜牙兵へと姿を変えた。


 赤黒い髑髏の兵隊はよどみない足取りで迫る木の根へ走り、その身で迫る木の根を受け止めた。


 それ等は触れた端からまたたく間にボリボリと音を立てて木の根に喰われ、こぶし大の虫こぶに変わる。


 しかし次の竜牙兵達は臆する事なく次々と木の根へ殺到し、喰われていきながらも木の根の進行をせき止めていた。


「くっそ、キリがねぇ!」


 悪態をつきながらドラゴンが再び牙を打ち鳴らし、牙の欠片を散らせた。


 竜牙兵達は抵抗を見せるも、ドラゴンを取り囲む木の根は厚みを増すようにしてドラゴンへとじりじりと距離を詰めている。


 木の根がドラゴンに触れるのも時間の問題だろう。


 我が身を暗示するようなドラゴンの有様に、ハウルとヴィオキンは我に返り急いで辺りを見回した。


 共に人間より鋭敏になった視覚と聴覚、そして触覚を研ぎ澄ませる。


 焦る心を抑え必死に少女を探すハウルの耳が、わずかに聞こえる声を拾った。


「ここが食いつくされたら、お前はどうする気だ?」


 落ち着き払ったその声は、タイガーバーミッシュのものだった。


 誰かに尋ねるその言葉の相手は、当然ながら見当がつく。


 続く声は、白い少女のものだった。


「もちろん、別の世界に行くのよ。またここに似た世界に、たくさんの別の世界の連中を詰め込むの。また異種族が争って、またたくさん血が流れて、世界がお母様の喜ぶケーキになるのを待つ。私達は、ずっとそうしてきたの」


 もしハウルの顔に口があれば、強く唇を噛んでいただろう。


 心から揺らぎの失せたハウルが、尖った耳の先を声のする方へ向ける。


 ハウル達が空のヒビを見る方向から左、木の根に喰い散らかされた空間をまたいだ向こう側に見える高層ビル。


 目を凝らせばビルの縁に腰かける少女と、佇むタイガー。


「いた!」


 叫び、ハウルは手すりを蹴って跳んだ。


「え、ちょ、なっち!?」


 声を拾えなかったヴィオキンが、彼の剣幕と行動に虚を衝かれる。


 ハウルは制止する声を聞かず、道路を跳び越え次々と建物を跳び移っていく。


 彼の向かう先を見たヴィオキンは、そこでようやく少女の姿を認めた。


「あ!……、もしもし、志乃さん?いた!」


 ヴィオキンが自分の携帯電話で報告している間にも、ハウルはドラゴンの傍のビルを通り過ぎ、拓けた場所の縁へと向かう。


 本来そこにあったはずのものは全て根に喰われ、歪な虫こぶになって横たわっている。


 地面を塗り潰すように広がる木の根はどれもがわずかに蠢動しながら長さと太さを増していき、まるで水かさを増していく濁流のようだ。


 大河のごとく幅も広く、獣並みに強靭な脚力を得たハウルでも飛び越える事は叶わないだろう。


 迂闊に降りれば、ハウルが根に喰われる事も有り得た。


 しかしハウルは止まらない。


 左腕のハウルフォンを目の前に掲げ、画面に表示された全身のうち両足を指で叩いた。


『OK. Let’s Jump! Now!』


 走るハウルの大腿が、筋肉で過剰に膨れる。足先も細くなり、バランスを取るためから踵が浮き、自然とつま先で立つ走り方へと変わる。


 さながら、獣の後ろ足そのものだ。


「ハイマイティーステップ!」


 強化した脚力にものを言わせ、ハウルが根の大河の上へ躍り出た。


 ……高い。


 みるみるうちにハウルの体躯は高度を増していき、そして飛距離も伸びていく。


 ハウルの眼下で新たにビルが根に握りつぶされ瘤に変わる。


 その間もハウルは最高点に達する事なく更に上昇を続け、タイガーと少女のいる高層ビルの屋上へと近づいていった。


「おおおぉぉぉっ!」


 空中で自身の姿勢を全身で制御し、ハウルが狙いへと軌道を保つ。


 迫る彼の姿を、ビルの屋上にいた二人が認めた。


「……何あれ」


 少女がハウルを見て固まる。


 様々なストレンジャーを見てきた彼女といえども、その跳躍力は目を疑うものだったようだ。


「ほう」


 タイガーはどこか嬉しそうにハウルを見据え、その身をわずかに前傾させた。


 ハウルはついにビルより高い上空で最高点に達し、二人をほぼ真下に見下ろす位置に来た。


 下降を始める青い体躯へ、黄と黒の縞で彩った体躯が跳ぶ。


 突き出された独鈷杵の先がハウルに迫り、それをハウルが横から殴った。


 ガッ。


 骨に響く打撃音が、夜の上空に響いた。


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