第34話
煙で荒れた夜空は、炎や街の光を受けて乱れた色に染まっていた。
地表から昇って辺りに立ち込める煙は、太く長いものに凪がれて横に流れ、さらに夜空を汚していく。
ビル街を睥睨するドラゴンバーミッシュは、皮膜の張った翼でゆっくりと、そして大きく空を叩きながら上空を旋回していた。
巨体が空中で描く大きな円の中心には不揃いな高さで並ぶビル街があり、道路の至る所で自動車がいくつも転がり、ガラスや建材の散らばった跡がある。
そして、虎の頭蓋骨を頭部に据えた人型の異形も、ビルの壁にもたれるようにして倒れていた。
少し前にドラゴンの丸太のように長く太い尾の一撃を空中で受け、そこまで吹っ飛ばされたのだ。
座るような姿勢のタイガーに、再び動く気配はない。
右手に握る独鈷杵が、その手を離れかけて先端を石畳の上に乗せていた。
ドラゴンはタイガーの上を旋回し続けながら、竜の頭蓋骨の鼻先を下げ、汽笛とも悲鳴とも取れる醜い声で笑った。
「無様だなぁ、虎ちゃんよおぉっ!フカシこいてその様かあ!」
大きく顎を開いて哄笑するドラゴン。
しかしその額や鼻筋、顎や頭部に至る頭蓋骨の様々な部分には、いくつも独鈷杵の打ち付けられ、小さなヒビの走った跡があった。
眉間には特に大きな亀裂が走っており、その合わせ目には欠けた跡も見受けられる。
どの傷も、並みのバーミッシュならば十分に致命傷になり得るものだ。
しかしドラゴンの、人を二人入れてもなお余るほどの巨大な頭蓋骨に対しては、取るに足らぬ小さな傷でしかなかった。
倒れるタイガーが小さく身じろぎし、正気を取り戻したようにゆっくりと顎を上げ、右手の得物を握り直す。
「ま、まだだ……!」
這うように両腕で身を起こし、片膝を付く。
その様子に気付いたドラゴンが哄笑を止め、じっとタイガーを見下ろす。
「まだ、死ねぬ……!我等の世界を、守る、ために……!」
「しつけーんだよ!」
ドラゴンが咢を広げ、炎を吐いた。
火球となって放たれたそれは、タイガーの近くに着弾し、その身体を乱暴に転がした。
爆風で転がったタイガーは仰向けになってしまい、起き上がる気力を失ったように脱力した。
大の字になったタイガーに、ドラゴンは更に言い放つ。
「ここがそうだ!手前こそ目を覚ませ!時代は変わるモンなんだよ!」
その声は空坂の空に朗々と響いた。
ドラゴンの全身を望める位置にある離れたビルには、白い少女がいた。
高所を吹く風で、長い髪やスカートが緩やかにはためいている。
彼女はドラゴンに焼き払われた繁華街を、立ち上る煙越しに見下ろし、そして、空を見上げた。
「お母様、この匂いが分かるでしょう。あなたの望む、死の匂いです。あなたのための匂いです。さあ……」
呟くような、歌うようなその声に呼ばれたように。
ぴしり、と。
赤黒い空にヒビが走った。
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