第20話 異様な男
駐車場に隣接するビルの屋上を見上げる直達は、声の主を見て大きく戸惑った。
ヘアジェルで強引に逆立てた茶髪に、妙に大きく見開かれた目。
よく見れば、左右の目の色が揃っておらず、右の目の方が左より黒が濃い。
高い鼻と大きな口も特徴的だ。
その男は民族衣装のような派手な恰好をしており、右肩にかけた赤い肩掛けがだらしなく着崩した雰囲気を醸し出していた。
顔の部品がいずれも大げさなせいか、それとも何か、別の理由があるのか。
その顔つきは、見る者全員に強い違和感を抱かせた。
「え、ええと、どちら様です……?」
直が男を見上げ、しどろもどろな口調で尋ねる。
聞こえているかどうかも怪しいその声に、男は大げさに反応した。
「ちょちょ、マジで意味わかんないんだけどー。お前ハウル?」
その名を聞いて、直が息を詰まらせる。
すぐに長瀬とあずさの方を振り返った。
二人の既知か、と確認するためだったが、彼は二人が見せた反応を見て、大きくうろたえた。
長瀬が男を見上げる目は、鬼気迫るものだった。
普段から厳しい表情を浮かべている長瀬だったが、眉間に浮かぶ皺の数はいつにもまして多い。
眼光強いその表情は、明らかに憎しみを湛えたものだ。
あずさは青ざめた顔で鼻と口とを片手で押さえ、怯えた目で男を見上げながら身をすくませていた。
二人の様子に、直は恐る恐る尋ねる。
「ど、どうしたの……?」
二人は直に反応を返さない。
あずさが男を見上げたまま、かすれた声で呟いた。
「何、あいつ……、ひどい臭い……!」
臭い、の意味を理解して、直は弾かれたように男を見上げた。
鼻を一度すするようにして、男の臭いを嗅ぐ。
瞬間、直は喉の奥を押しつぶされるような嘔吐感に襲われた。
喉の奥を撫でる、密度の高い鉄と、腐ったタンパク質の臭い。
ラットバーミッシュのものとは比べ物にならない悪臭だ。
臭いの強さが何を意味しているか、直は察した瞬間より一層強い吐き気を覚えた。
直は鼻を塞ぎ、改めて男を見上げた。
「お、お前は、いったい、何なんだ!」
直の声は動揺から裏返ったものだったが、男は意に介さずこれに答えた。
「んなモン決まってるっしょ?バーミッシュだよ」
軽薄な口調で、当たり前のように言う。
臭いの異質さが、その態度でなおも際立って思えた。
「たくさんいるダチの一人に会いに来たら、ちょうどお前にやられてんじゃん?しかもお前なに?ホントにハウル?ありえなくない?」
酒の席ではしゃぐ若者のような口調で言う男だが、ちぐはぐな顔つきのせいで年齢が読み取れず、更に異様な印象が強くなる。
何より、表情の変化が乏しい。
顔のどの部品も、表情の変化の際に本来みられる自然な連動とでもいうべきものを見せず、ぎくしゃくとした動きを現わしている。
固いゴムのマスクでも被っているかのようだ。
バーミッシュを名乗るその男は、自分のいる屋上のフェンスに足をかけると、躊躇なく飛び降りた。
男は空中で姿勢を崩さず、当たり前のように無傷で着地して直達の前に立つ。
眼前に降り立った男に、直は咄嗟に長瀬とあずさとの前に立った。直接男と対峙する位置だ。
「ヒュー、かっこいー」
小ばかにしたようなその言い方にむっとする直だったが、近づいたせいで更に強まった腐臭に顔を歪め、思わず目を逸らす。
その彼の隣に、長瀬が立った。
「……お前か」
底冷えのする声で、長瀬が男に言う。
「お、見覚えある姉ちゃんじゃーん。十年ぶりくらーい?耳どう?治った?」
直後、彼女の手が動いた。
腰の後ろに手を回し、そこに隠していたものを抜き出し、男に向ける。
ほぼ同時に、だん、という空を叩く音が響いた。
男の胸板で火花が起こり、固い音が上がる。
一連の出来事に直は目を疑い、長瀬の手元を見た。
彼女の手に握られた鈍色のものは、その先端からか細い煙を上空へと昇らせていた。
それが何なのか、一目見れば明らかだ。
「じ、銃……!?」
そんなものを長瀬が持っている事と発砲した事、そして銃弾を受けて男が平然としている事とに、直の驚きが重なる。
そんな彼に構う事なく、男がにやりと笑った。
「ちょいちょーい、いきなり何ー?」
楽し気な様子は、とても銃で撃たれたものとは思えないものだ。
その異様さに、直は震えあがる。
彼は咄嗟に自分が持つハウルフォンに目を落とし、それを使おうと操作しかけたが、ふと気づく。
豹転するには、三分以上の通話が要る。
直の顔が、さっと青くなった。
「城戸さん!」
長瀬の火のついたような声があずさに飛んだ。
あずさは声に反応せず、その場から動かなかった。
男を見たまま、慄いている。
長瀬はあずさを一瞥すると、男に対し忌々しそうに口元を歪めて踵を返した。
直と、あずさの手首を掴み、男から離れていく。
「逃げますよ!」
それだけ言うと、返事も許さぬように二人を強く引っ張っていく。
二人はそれにあらがえなかった。
二人を引っ張る長瀬と、流されるまま立ち去っていく二人とを、男は追う様子はない。
むしろその後姿を、愉快そうな顔で見送っていった。
三人の姿が見えなくなった頃、がちゃり、と男の傍の空間を切り開いて白い少女が現れた。
「追いかけなくていいの?」
その声音は知己に対するものだ。
男は平然とこう答える。
「んー、今の顔はまだもつし、特に急いで追う理由もないね。それよりどうよこの顔、特に鼻なんか選りすぐりなんだけど、イケてね?ねぇ?」
男は前かがみになって少女と視線を合わせ、嬉々としながら同意を求める。
少女ははいはい、と適当にあしらって軽く手を振った。
男はそれに気を害した風もなく、姿勢を直すと三人の消えた方向を見た。
「しかしあの女の耳は惜しかったんだよなぁ……。もう治ったかな?」
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