第5話 奇妙な頼み

 日曜日の昼頃、直は良蔵の家の前にいた。


 いかにもな大きな日本家屋の門にあるインターホンを押し、気楽に呼びかける。


「じいちゃーん」


 形だけの呼び出しをすませると、直は持っていた合鍵で門を開け、敷居をまたいだ。


 三世代住むことも可能な、庭付きの一軒家。


 良蔵が一人で住まう、古い木造家屋の玄関に足を踏み入れようとした直後、直は靴の数が多い事に気付いた。


 おそらく、会わせたいという人物のものだろう。


 ヒールのある黒い靴を見て、彼はそう思った。


 玄関から入ってすぐ右にある客間を覗こうかと思った矢先、そこから良蔵の顔が出てきた。


「おぉ、直君来たか。ちょっと来なさい」


「へ?あ、うん……」


 彼は恐る恐る近づき、様子を窺う。


 上座にその客が座っていたため、彼はすぐにその人物の姿を見て取れた。


 スーツを着た、長い髪で耳の隠れた女性。


 直の知らない顔だ。


 歳も若そうで、直より少し上くらいだ。


 保険の勧誘かとも彼には思えたが、祖父がセールスマンを気安く家に上げない人間なのはよく知っていた。


 下座に座り直した良蔵が、後ろにいる直を見上げる。


「来なさい、大事な話がある」


 そう言って、自分の隣に敷いた座布団を軽く叩いた。電話の内容を思い出し、彼は祖父の言葉に従った。


 言われるままにそこに座ると、女性が軽く頭を下げて名乗った。


「初めまして。長瀬静流と申します」


「あ、どうも。ええと……」


 釣られて直も礼を返した。名前を言おうとした所で、女性が再び口を開いた。


「月島直さん、ですね。お話はかねがね伺っております」


 長瀬はそう言って視線を良蔵に向けた。


「えっと、じいちゃん、ああいや、その、祖父とはどういった関係でしょうか?」


 祖父に聞きたい所だったが、それは失礼だと思い直は長瀬に聞いた。


 その途端、彼女は不機嫌そうに眉をひそめて彼を見、次いで良蔵に目を戻した。


「……やはり、一から説明するべきなんですね」


「悪いね長瀬君。俺じゃどうにも上手く伝えられんかった」


「あなたから言ってくれれば、まだ説明しやすかったんですが……。仕方ありません」


 困ったようにため息をつくと、長瀬は頭痛を堪えるように唸って直を見た。居住まいを正し、息を整える。


「直さん」


「は、はい」


「あなたに頼みがあります。分かり易く言うなら……」


 そこまで言いかけて、長瀬は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。


 彼女の真剣な様子に、彼も息を呑んで次の言葉を待った。


彼は真面目に次の言葉を待ち、だからこそ次に呆気に取られた。


「……ヒーローになってください」


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