第14話 鼻をつまみたいです
上から始めるか、下から始めるか。それが問題です。
正直真ん中が一番マシな気がしますが、いっそ大変な方から始めた方がいいんじゃないでしょうか。頭の中でぐるぐると悩んでいてもしかたありません。
――やりましょう。
膜のようなものを切りながら、少しずつ腸をほぐしていきます。一番太いこれが大腸でしょう。まずはこれをビニール袋に移します。
おそらくは出口にできる限り近いであろうところをひもできつく縛ります。小腸との間を縛るつもりでしたが、これはちょっとずれてしまいそうなので、少し余裕をもちつつ小腸の端の方を縛ってやります。
上と下、それぞれ二か所ずつ縛ってその間を切るという作戦です。思ったより壁が厚いようなので、結構しっかり縛ってやらないとダメそうです。
腸は結構長いものだと聞いていましたが、確かにそうでした。これだとスムーズに洗浄できない気がするので、あと何か所か切れるようにしましょうか。三等分だとまだ長そうなので、五等分くらいを目指しましょう。
お腹の中の底の方に血とよくわからない体液がたまっているようで、内臓たちを動かすたびに粘着質な音が鳴ります。消化器を取り除いたら一度綺麗にした方がいいかもしれませんね。
左手で大腸を折り曲げてやり、右手の包丁で切ります。弾力のせいなのか、あまりうまく切れません。それでも少しずつは切れているようで、ある程度まで傷つけたら一気に切断することができました。この調子であと五か所切っていきます。
多少中身が漏れているのかもしれません。酷い匂いがします。喉の奥が膨らんで何かがせり上がってくるような不快感に襲われます。
彼から暫く顔をそらし、何度かえずいて、ようやく少しは慣れてきました。
続きをやりましょう。
次は小腸です。
大腸と同じようにひもで縛り、切るだけです。こっちはもっと長いので、もっと分けないといけません。同じ長さでやるならどれくらいになるんでしょう。
大腸よりも細いうえに壁が薄いようで、さっきみたいにもたつくことはあまりありません。ただ本当に長いので切る回数が多くなってしまい、それは面倒かもしれません。
ようやく切り終わったので数えてみたのですが、三十五本もあるんです。これの中をきれいにして、そのあと処理する、というのを考えると気が遠くなります。
結構集中していたようで、匂いに麻痺していたことに気が付いたのはクーラーボックスに大腸の袋と小腸の袋をしまったときでした。鼻の奥のもやっとした何とも言えない空気の感覚がすっとなくなったのです。近い感覚だと鼻が詰まっているときに近いでしょうか。少し違うような気もしますが、近いとは思います。
この次は胃なのですが、こっちは胃酸が出てきてしまったら、また違う意味で大惨事が起きそうです。
胃酸ってとても強い酸性だということは知っているのですが、例えばこのゴム手袋で受け止めてしまったら溶けてしまうのでしょうか。戻したもので床が溶けただとか、エチケット袋が溶けるだとかの話は聞いたことがないので、案外大丈夫なのでしょうか。溢さないように気を付けるつもりではありますが、万が一ということがありますし、気になりますね。
だいたいは小腸までと同じようにやるつもりなのですが、見たところ今までよりかなりごちゃごちゃしています。
もう血管を切ってしまうことについては気にならなくなっているのですが、それはそれとしてどこを切ったらうまく胃が取り出せるのかは気にしないといけません。もちろん胃本体は切りたくないですし、名前を忘れてしまったこの胃の下にある臓器も切らないほうがいいでしょうし、このあたりにくっ付いてるいろいろなものがいったい何なのかも分かりません。
このあたりの消化管をまとめてとるつもりでしたが、少し方針を変えて、胃だけを取ってしまいましょう。他の端は縛ってしまえばどうにかなるはずです。胃の上は食道ですし、こっちは何もしなくていいと思います。よし、そうと決まったらやりましょう。
切ること自体はそう難しくないのですが、周りを避けながらというのは少し難しいですね。大腸ほど怖くはありませんが、小腸よりは間違いなく面倒です。ひもで縛ると言っても完全に塞ぐことはできないでしょうから、多少の液漏れも覚悟しなければなりません。腸と違って完全に液体ですからね。
膜や小さな血管などを切りつつ、できる限り大きな管は切らないようにして、慎重に胃を取り出しました。
胃を入れた透明なビニール袋には少しずつ液体が溜まってきています。ちょっとこれはまずいので、先に胃だけ洗浄してしまおうかと思います。胃液漬けの胃なんてちょっと触りたくないですからね。
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