第7話 リハーサル通りにいきましょう
彼をどうにか家の中に運ぶまではできました。相変わらず何も抵抗はしません。抵抗できない状態なのか、それとも私がただの親切な女子大生だと思っているのでしょうか。
男性を一度空き部屋に寝かしたあと、私は地下室へ向かいました。地下には私が人目から隠しておきたいものが置いてあります。あの日に届いたおとなのおもちゃ一式です。電気をつけ、おもちゃたちをテーブルの上に集めて床をあけました。あとは倉庫の中にあったブルーシートを持ってきましょう。それと新聞紙もあると便利かもしれません。
一度空き部屋を覗きに行きましたが、彼はどこかに逃げることはなくそこに寝転がっていました。どうやら寝ているようで、小さな寝息が聞こえます。
地下室にブルーシートを広げ、はしを壁に養生テープで止めます。テーブルは何度か移動し、最終的に部屋の端に落ち着きました。新聞紙はテーブルの下にまとめてあります。あとは彼を連れてくるだけです。
床で寝ている彼の胸元をつかみ、廊下を進みます。何度か段差に頭があたり、足やら手やらが部屋の入り口や角に引っかかりますが、無理やり地下室へ向かいます。
男性はその中でようやく抵抗を試みたのですが、このときの私は何か箍が外れたかのように考えられないような力が出ていました。彼がいくら細身とはいえ、何も鍛えていない私では本来力が敵うはずもないのに、両手で私の手から逃れようとする彼の抵抗などなかったかのように、地下室への階段までたどり着くことができました。
ここから彼をどう下ろしましょうか。まあ何も考えずに先に転がしてしまえばいいのですが、この段階で死なれても困ります。
だってようやく叶うだけの状況をそろえてくれたのに、それをできる限りの努力で全うしなくては報いることができません。彼に、あるいはいるのかもしれない神様に、もしくはここまで痛めつけてくれた誰かにでしょうか。まあ、そんなことはいいのです。
倫理観が邪魔をするかのように喉の奥が不愉快ですが、高揚で頭の中は真っ白で、目からは涙がでそうでした。私の中は誰かに対する感謝のような気持ちと限りない速さで作られたありもしない未来の走馬灯が駆け巡っています。それと言葉にするのがもったいない程の充足感――これからなのに、すべてはここからなのに、まるですべてが終わったかのように、最期へと向かうような。
結局は一度持ち替えて、彼を脇から支えて降りることにしました。
そこでも抵抗されてしまったので、私はついに彼に手を上げる羽目になってしまいました。幸いにも彼は脚を怪我しているようで、まともには歩けません。這いずって逃げようとした彼の脚に全体重かけてやりました。これは功を奏し、カエルがつぶれたような声とともに動きを止めました。大きな悲鳴を出されずに済んでほんとうによかったです。まあ、この時点なら怪我を負った不審者が家の中に入ってきたとでも言えばいいだけの話なので、問題はありません。
彼の脇から腕を通し持ち上げ、ゆっくりと慎重に地下室に向かいます。彼の声は遠くから聞こえるようであまり耳に残りません。爪が私の腕に食い込んでもまるで痛くありませんでした。
地下に着いたら、勢いをつけ部屋の中央に転がしておきます。さっさとドアを閉めておきたいですからね。防音室のドアノブがしっかりと所定の位置までいったことを確認したら、ようやく次の作業へ移れます。
振り返ると彼は部屋の端にあったテーブルを盾にしようとしているようです。どさりと落ちたおもちゃたちに彼は一瞬だけ安堵の色を見せたのを私は見逃しませんでした。
おもちゃを拾い上げ、彼に近づきます。精一杯の笑顔を見せてやれば、ひきつったような笑顔を見せてくれました。
ここからはこの地下室を知ってから何度も私が心の中で描いていたことを実行するだけです。最初から最後までちゃんとイメージはできています。何度も脳内でリハーサルは繰り返しました。大丈夫です。きっとうまくいきます。
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