第4話 好奇心が勝ってしまいました

 彼のあとをつけて五分も経たずにたどり着いたのは古びたアパートでした。彼はどうやら二階の端の部屋に住んでいるようです。

 階段は赤い錆だらけで、壁も薄汚く塗装が剥げてるところが目立たい程です。少なくとも彼以外にもう一人は住人がいそうでした。


 なぜあの男性はわざわざ私の家まで来て煙草を吸いに来るのでしょうか。アパートの隣には駐車場しかありませんし、煙草を吸う場所に困るようには見えません。

 私が越してくる前からの習慣のようですし、女子大生の一人暮らしを狙う不審者という訳ではない――いえ、不審者には違いないですね。



 困ったことにこの謎の男性は私の好奇心を存分に刺激してしまっています。この家の裏にこだわる理由はなんでしょう。

 幸い、下手に刺激しなければ、特に害はなさそうです。せいぜい家の裏に煙草の吸殻がたまっていくくらいでしょうか。ですので、もう少しだけ観察してみようかと思います。あとは親戚に彼のことについて何か知らないか聞いてみましょう。




 この家に越すときに親戚の連絡先は貰っていたので、夕食前に電話をかけてみました。その親戚とは母の従兄にあたる男性です。

 電話には母の従兄の奥さんが出てくれました。奥さん――おばさんはもとは美術教師だったそうで、昔の親戚の集まりでは幼い私にいろいろ絵を描いてくれました。いくつかは実家に残っていたような気がします。


 電話では大学のことや一人暮らしのこと、地下室を掃除したことなどから始まり、目的である男性の話題に入ったのは二十分ほど話し込んでからでした。


 五年ほど前までここに住んでいた音楽が趣味だったご夫婦からはその男性について、もしくは不審者について聞いたことはないそうです。そもそも五年ほど前だと、あの男性がそもそもこの土地にいなかった可能性もあります。

 まあ結局は彼について分かることはなにもないとのことでした。さらに昔――おばさんたちが住んでいたころに彼がいるはずもなく、たとえ彼がこのあたりに住んでいたとしても、その記憶と私の言う「男」が一致するはずもありませんから、仕方がないことです。


 両親が心配させるのは嫌だからこの話は伝えないで、ちゃんと次来たら警察呼ぶから、とおばさんにお願いしてから電話を切りました。




 あれから数回あの男性は私の庭に来ました。

 毎日来ている訳ではないようで、今週は水曜日と金曜日だけのようです。私のあずかり知らぬところでもう一人来訪者が増えているなんてことがなければ、その二日だけです。ちゃんと吸殻の数は数えてますからあっているはずです。


 好奇心を優先したとはいえ、ちゃんと対策自体はしています。まずは、ちゃんと家に人はいますよ、あなたには気が付いてますよ、というアピールのために彼の残した吸殻を片付けてみました。まあこれで彼がここを避けるということはありませんでした。いけないのは分かっていますが、少しほっとしてしまいました。

 次は彼がいつも座っている場所に植木鉢でも置いてみましょうか。あとはあの木々の間にネットでも張ってみましょうか。これだけすればただの不審者なら避けそうなものですが、彼がここにこなくなるはずがない、という確信めいたものがありました。

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