第3話 少し不安です

 少し気になっていることがあります。この家に越してきた翌日に気が付いたことなのですが、家のうらに煙草の吸殻がいくつか落ちていたのです。確か、貸してくれた親戚は吸っていなかったはずですし、そもそも新しいものでした。吸殻から時間を読み取ることはできませんが、とりあえず気にしておくことにします。もし今も誰かが入り込んできているようだったら、通報しなきゃなりませんね。

 母に、女の一人暮らしなんだから防犯対策はしっかりするのよ、とは言われているのですが、鍵の確認とあとはホームセンターで買ってきておいたセンサーのついた照明くらいしかやっていません。あとで手軽にできそうなものでも調べておきましょう。少し不安なのは確かですしね。近所の人にはそういったことについては何も聞いていませんし、そんな怖い人はいないと思うのですが、用心しすぎるってことはないと思います。


 でも実際に怖い人がいたらどうしましょうか。大学生になったら、アルバイトなんかで遅くなることもあるでしょうし、帰ってきたら煙草の主が家の裏になんてことがあったら。

 庭にある枝切ばさみを構えて注意するのがいいかもしれません。いえ、冗談です。さすがに警察にすぐに通報します。




 ようやく入学式が終わりました。東京の実家から来てくれていた両親も先ほど帰っていったばかりです。

 リクルートスーツもさっさと脱いでおかなければなりません。確かこれは家の洗濯機でも洗えるものだったと思うのですが、それでもクリーニングに出した方が良いものでしょうか。クリーニング店は大学の近くに一軒だけあった気がします。自転車で行ける距離とはいえ、少し面倒ですね。


 家に帰宅したあと、例の場所の煙草を確認しに行きました。数本増えている気がします。ここには人が住み始めたこともすぐに分かるでしょうに、なぜまだここに来るのでしょうか。空き家ならほかにもありそうなものですし、勘弁してほしいです。一応、昨日交番に煙草の件を相談しにいったところ、見回りしておいてくれるとのことです。

 自分でできることといえばなんでしょうか。いつもいるらしい場所に何か置いてみるとかでしょうか。

 そもそもなんでここに来るのか分からないと解決のしようがありません。近所の人に聞いてみても見たことがないと言いますし、いったい誰なんでしょう。まさか遠くから人が来ているわけじゃないでしょうし、近所の人だとは思うのですが。




 水曜は授業が二限にしかなく、その上、今日はその授業が休講になってしまいました。偶然できた休日を少しうれしく思いながら、二度寝することに決めました。


 十二時ごろ、友人からのメッセージを伝えるスマホのバイブで目を覚ましました。彼女は地元の大学に通っており、たびたび一人暮らしをちゃんとできているか心配するメッセージを送ってくるのです。



 友人のメッセージに返信しながら、昼食の準備をしようとのろのろと寝室を出ようとしたときに、裏の方から物音が聞こえました。小さく木々が揺れる音と誰かのため息。


 私は物音を立てないように空き部屋の窓から庭を覗き見ました。家の裏、少し影になっている物置の横に男性が座り込んでいました。コンクリートブロックを椅子代わりに煙草を吸っています。

 かつては金髪に染めていたのでしょうが、今はもういわゆるプリン頭というものになってしまっています。ひげのせいで分かりにくいのですが、たぶん私よりも五つ程度年上のように見えます。

 何をするでもなく煙草を吸っているだけです。警察に通報しましょうか、でも彼はただそこにいるだけなのです。


 じっと数分間見ていたら、彼は取り出したスマホをいくらか操作した後、不意に立ち上がりました。もう帰るのでしょうか。家の裏にある囲いがわりの木々の間を通り抜け、敷地から出ていくようです。私は彼が十分に離れたのを確認した後、そっと窓を開けました。どこの人間なのか気になったのです。警察に通報するのは確認したからでもいいでしょう。

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