悪口

高橋 夏向

なるほどなぁ。まあ、俺が言えんのは。

 気にすんなよ。悪口ってのは取り留めない話題に過ぎないんだぜ。誰々がムカつく、苛つく、うざい。はたまた死ねなんて言っても、その程度はただ口から吐いた言葉でしかない。音の連なりでしかない。不思議だよな、確かに込められた意図はあるはずだってのに。表現の自由が認められたご時世だ、悪口なんて言わないで、なんて認められないのさ。

 ムキになるなよ。聞こえる場所で言うのが悪い? いいや至極自然だろ。お前と会うのはその空間しかないんだぜ。お前の悪口を言うのは、そりゃお前のことを意識してるときだけさ。同じ空間にいるときにしか思い出されてないってくらい、お前はそいつに意識なんてされてない。だからムキになる必要なんて無いのさ。

 配慮がないだけだろ? まあそうかも知れないが考えてもみろ。悪口って結局は誰かに吐き出すものなんだぜ。なあ、お前俺の愚痴聞いたことあるか? な、思い当たらねぇだろ? ならお前だって配慮が足りねぇさ。本当に配慮が思い遣りがあるなら、お前はきっと一頻り話したあとにこういうさ。

 下らないこと愚痴って悪かったな。一方的に話してしまったが、お前もなにか悩みとか吐き出したいこと無いか? そんなに気にしないでくれ、俺が先に一方的に話しちまった詫びだ。お礼に酒の一杯でもやりながら聞いてやるよ、ってね。

 これくらい言えたなら完璧さ。まあ俺もお前もそこまでの思い遣りもないし、言えるわけもねぇか。おっと、そんな気にするなよ。けどこれだけは覚えといてくれよ。

 確かに言われた側は腹立って仕方ねぇさ。或いは落ち込むか、少なくとも良い気はしない。ああ、俺のことじゃない、お前の立場で言ってる。だからお前が俺に愚痴をいうのはおかしくねぇさ。

 けどさ。悪口を言ったやつってのは、ずっと悪口言ってる訳じゃないんだぜ。そのあと他のやつの良いところを言ってるかもしれない。全く関係の無いこととか、そうだな、駅前のパンケーキが旨いから食べに行こうとか言ってるかもしれない。な、本当に話題にあげられた一つでしかないんだぜ。

 旨いもんの話と、好きなもんの話と。不味いもんの話と嫌いなもんの話って、結局は同じ口で語られるんだぜ。知ってたか?

 だったら、嫌なことばっか話してないでさ。好きなもの共有したいだろ。楽しいこと話したいだろ。永遠なんて無いんだから、限りある言葉では幸せを伝えたいだろ。

 だから、まあ、さ。愚痴もほどほどにして、もっと良いこと話そうや。話題は、そうだな。

 俺の親友の良いところとか、どうだ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

悪口 高橋 夏向 @natunokaze

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ