第2話 働き方への意識

 今朝たまたまある方のブログを見たら、最新記事ではなかったが、労働法改正の件を記事にしていた。

 三六協定事項が法制化されるのを見逃していたという内容だ。

 実は日本の大企業では、企業コンプライアンスの名のもと、残業については既に管理が厳しくなっている。先日も日本へ帰任したある大手総合メーカーの方が自分のところへミーティングで来てくれたので、少し日本の様子を伺った。

 すると、やはり残業はし難い環境になっているそうで、水曜は定時退社日となり五時十五分、それ以外は遅くとも八時までには毎日帰宅するそうだ。

 かつては忙しければ十時や十二時の帰宅は当たり前であったが、随分職場の雰囲気が変わり始めている。これはその方一人の限定的な話ではなく、他の大会社でも概ね同じことが起きている。

 今朝見たブログでは、なぜか焦点を、残業が減れば手取りが減り生活が苦しくなるというところへ当てているように見受けられた。

 しかし、そもそも残業代を見込んだ生活自体が間違いであって、それは自分が働き出した二十年以上前から言われていたことである。特に残業代などと保証のない賃金を見込んで住宅ローンなどを組んでしまうのは自殺行為と言える。

 だから、残業の規制が法律により厳しくなる、よって生活がますます苦しくなる、政治は酷いという論法は間違いだろう。

 大企業の例を示せば、中小企業は現実的問題があり過ぎる、大企業と同じにはできないと反論されるかもしれないが、日本全体の労働環境を牽引しているのは間違いなく大企業である。大企業がやらないことを、中小企業は決して自ら改善しない。中小企業の賃金水準はまだまだ足りないかもしれないが、大企業が賃金を上げ、世間的な空気を作るから中小は上げたくない賃金を上げなければならなくなる。労働条件をできるだけ大企業に追従させなければ、人が集まらないからだ。企業が賃金を上げれば収益を圧迫し、それをどう補填するかの工夫が必要になる。それで企業体質が強化される。

 そのブログでは、基本給が安すぎるという点にも触れていた。

 確かに日本の賃金は、世界の中で見渡して、決して高いとは言えないような気もするが、それでは安いかと言えばそうでもない。それは、元々日本人の多くが夢を見過ぎ、自分たちの感覚的基準を押し上げてしまったせいであり、もし日本人がフィリピンに行けば赴任手当、出張手当、運転手付き車支給などを合わせ、まだまだ贅沢をできるのである。

 海外生活だって随分苦しくなっている、という意見は承知している。しかし、基準が元々高いのだから、そこと比較すればそう感じるのは当たり前だ。現実的に自分の現地給与は、自分が日本人というだけで、ローカルの何倍にもなっている。

 賃金の話をもう少し掘り下げてみると、マクロ的に見れば、日本の賃金水準は色々な意味で世界水準に近づいているのかもしれない。

 それでいて、日本の富裕者占有率は、アメリカ、中国に次いで世界三位であり、都市別で見ても東京や大阪、名古屋は名だたる有名都市と肩を並べている。

 つまりこれは、日本が今の世界の在り方に近づいているという見方ができる。格差社会になっているということだ。

 自分は極端な格差社会は嫌いだが、自由競争があり競争に勝てばそれに見合うインセンティブを得ることができる仕組みは基本的に賛成という立場だ。ただし限定的に、医療等の人の生命に関わることには、お金がない人もできるだけ平等に扱われるよう留意すべきという条件はあるが。

 その辺は、日本は世界の中で見れば随分手厚いのではないだろうか。

 生活保護はあるし、医療保険制度もある。お金がなくても何かあれば救急車に乗れるし、病院も担ぎ込まれた人の治療をすぐに始めてくれる。

 フィリピンやマレーシアでは、救急車は有料、病院の治療は支払いを確約する紙にサインをしなければ、きちんとした治療をしてくれない。いくら本人が死にそうでもだ。

 そういった世界の情勢と比べれば、日本はまだ恵まれていることが多い。それを悪用する人が多く出現するくらい、美味しい制度が多くある。

 そもそも議論は、残業が減ったら賃金が減り、生活がますます苦しくなるという点で行うべきではなく、かつて世界の中で高水準をキープしていた日本の賃金が、なぜこれほど堕落してしまったのか、そしてかつてのように夢を見ることのできる社会に戻すには、どうすればよいかという点で行うべきである。

 かつて小泉首相時代、改革の名のもと、流血も覚悟で随分不良債権を処理した。そのときに、不良債権処理の枠組みの中で、十分価値を生む物件が海外の出資者へ二束三文で流れてしまった経緯がある。それがなければ日本人の賃金は、今の三倍になっていたのではないかという興味深い試算があるのだ。おそらく、小泉さんの改革には利益を生んだものもあるのだろうが、そういった負の側面もある。

 そしてよく考えなければならないのは、企業が元気になれば日本は元気になるということで、政治の果たす役割部分がそこでどれほどのウエイトを占めるのか、よく考えなければならないことだ。

 政治が悪い、政治家が悪いと言いながら現状に甘えていれば、日本は決してよくなることはないと思われる。陽はまた昇ると楽観しそのときが来るのを待っていたら、日は沈みっぱなしではないだろうか。

 日本の賃金が低くなったのは事実だけれど、生産性が上がらなければ当然の帰結と考えるべきだ。

 2017年の日本の労働生産性は、主要先進7カ国(G7) 中で最下位である。2017年だけではない。万年最下位なのだ。インターネットで調べれば、関連記事がたくさん出てくる。

 生産性は賃金の低さとも関係するが(鶏と卵の関係)、高品質の安売りが一つの大きな原因となっている。決して日本人の労働効率が低い、能力が低いという話と直結するものではない。しかしだからと言って、そんな指標の悪さを気にする必要はない、というのは大きな間違いだ。

 この指標の悪さは日本人の気質や企業のシステムと関連するが、世界で見ればITで成功を収めた会社が多く存在する地域の生産性が上がっている、というのが現実となっている。ITで効率的にお金を稼ぎ、社員に十分配分できているということだ。

 経団連のような組織は、この指標が今一つである原因がどこからやってくるのかをよく考え、大きな枠組みで上手に舵取りを行わなければならず、そうでなければ日本人の賃金は上がらない。

 残業という点に着目すれば、この生産性という数値は残業を減らすと上がっていく。つまり、残業を厳しく管理すると庶民の生活は苦しくなるのは感覚的に理解できるが、そこにメスを入れなければ生産性は上がらず賃金も上がらないというジレンマに陥る。実際日本は、数十年も残業や休日出勤を野放しにし、結果的に賃金が下がった。

 残業しない人はやる気がないと見られる風潮も問題で、要は残業の有り無しではなく、仕事のアウトプット評価が重要となる。

 休日出勤や残業を減らし、長期休暇を取りやすくする。そういった時間を、人生の楽しみや自分の能力向上、趣味などに当てる。できるだけ有意義な時間を増やし、働く意味や生きる意味の分かる社会にする。

 色々なもの、例えばパソコン使用や管理ツールが向上し生産性が上がるのであれば、日本も生産性を上げ賃金を上げることができるはずだ。それがなぜできないのか、よく考えるべきではないだろうか。

 例えば、最近とても強く感じることは、日本企業に会議が多いことだ。基本的に会議は付加価値を産まない。にも関わらず、会議が仕事になっている。会議には資料が必要で、それに費やす時間が多くなる。そこで時間的に圧迫されると、残業で実務をこなすことになる。付加価値を産まない時間は極力排除すべきだと思われるが、そうした環境に慣れた日本人は、会議が無くなれば何をしていいのか分からなくなる人も多いのではないだろうか。その時点で既に、日本企業(日本人)は病んでいると言える。

 さて、長い目で見れば、残業や休日出勤を無くし余暇を増やすことは、日本の生産性を阻害する根本的問題へメスを入れることに繋がるはずだ。

 仕事の意味を考え、人事評価方法を改善し、それらを意味のあるものする。経営者は、できるだけ社員に対する配分を増やす方法や道筋を考える。そして社員の収入が増えれば何が起こるのかを考える。目の前のことを考えるのではなく、もっと大局的に思考を巡らす必要がある。

 つまり社員に金銭的ゆとりが生まれたら、日本に何が起こるかだ。

 おそらく日本の中で金の巡りがよくなる。もしその金が海外ばかりに逃げるようであれば、これは日本の企業の責任であり、国内のサービスや商品を見直さなければならない。

 こんな風に内需を刺激しなければ、日本は全体的にまだまだ停滞するだろう。

 要はお金をできるだけ国内で回すことを考えるのだ。国内で好評なものは、海外でも売れる。だまっていても、海外の人が飛び付く。(ガラパゴス携帯のような、痛い例もあるけれど)お金を回すことで、各自の生んだ付加価値を効率的に共有できる。埋もれる付加価値が多いほど、全体の経済効率は落ちるからだ。

 その意味で、日本人の働き方への意識が変わりつつあるのは、意外に重要なことかもしれない。

 つまり、残業代が減ったら手取り収入が減る、それは酷い、という議論は筋違いでありナンセンスであると自分は言いたい。

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