第6話 6
眼前の男はどこか病的な肌の白さを兼ね備えていて、男か女か一瞬見間違うほどの美形であった。もしこの人が街中で歩いていたら必ずと言っていいほど人々は注目するだろう。
だが、ことダンジョン内において、いや、この状況においては街中のそれとは違った意味で注目せざるを得ない。
こいつからは目が離せない。離した瞬間、そこで俺たちの命は儚く散ることが容易に想像できた。今まで感じたことの無い空気。いや、圧か。それが俺たちをこの場に引きとどめる。
「ねぇねぇ、何か言ってよ?僕誰かと話すなんて久しぶりなんだから」
男がそう口にする。ただ言葉を発しただけでこの場の空気が著しく凍ったかのようにますます俺たちは氷像と化している。
だが、ここで自分の心を制御したエリーが行動に出た。
「……あなたは一体何者なんですか?」
相手の機嫌を損ねないように恐る恐る伺うと男は、
「さぁ、誰だろうねぇ?」
笑みを崩さず男はこちらを見続けている。まるで、俺たちの反応を楽しむ子供のように純粋に、そして無機質に。
このままでは埒が明かないと思い覚悟を決めて言った。
「あの…俺たちここから出てもいいですか?」
「……………………」
男は何かを考えているようだ。無防備な今なら逃げ出せるかもしれないと頭の中では思うが、身体が言うことを聞かない。足と地面が縫い合わされているかの如く微動だにしない。
「……駄目でしょうか?」
相手の機嫌を損ねるとそこでゲームオーバーなのは俺たち4人とも把握していたようで、あくまでも下手に徹する努力をした、
それから何分たったであろうか。いやそもそも何時間経ったかもしれない。もしくは数秒か。それほどまでにこの沈黙はあまりにも重く人間性を損失させるのに十分な静けさだった。
だが、その静寂は男の明るい声で破られる。
「わかった。じゃあ、出ていってもいいよ。3人だけ」
「え、4人じゃなくて?」
「うん、3人。余った1人は…………僕と遊ぼっか」
「「「「………………ッ!!」」」」
彼の実力をたった1単語から垣間見た。いや、見えてしまった。俺たちとの圧倒的な実力差を。
それにここから出れるのが3人だと…。なんて、悪魔的思考だ。残った1人がどうなる事ぐらいいやでも分かる。
しかも、このパーティーの余り物なんて目に見えて分かる。どう考えたって俺じゃないか。
くそっ、どうすれば……。
「なぁ、どうすーーー」
考えがまとまらないまま後ろにいる3人の方へ振り返ろうとした時、
背中に熱が走った。
「…………ッ!!」
「悪いな、レイ。お前はここで死んでくれ」
後ろを振り向くとアレンの右手に持つ剣が赤く濡れていた。すぐにはその赤い液体が俺の血だとはわからなかった。あるいは、無意識の内に気付かないようにしていのか。
って、それより痛すぎる。剣で斬られるのってこんなに痛いのか。全く、経験したくなかったぜ…。
俺が剣で斬られた痛みに蹲っていると
「おい、アレン一体どういうことだ!!」
エリーが鬼の形相でアレンに捲し立てている。こんな状況でも優等生面しやがって。
「よかったじゃねぇか。これで生き延びられるんだからよ。それにレイも内心喜んでるぜ?やっと人の役に立てたんだからな」
「てめえ、殺してやる」
腸が煮えくり返るとはこのことか。今すぐにこいつの身体に剣を刺し貫いて殺してやりてえ。
だが、背中の傷のせいでまともに立てることも出来ない。
くそっ、俺に力があれば……!!
「ふん、その傷で何が出来る。おい、余りはこいつで決まりだ。俺たちは出させてもらうぞ!」
アレンが物怖じせずに男に問いかけた。
安全な3人のうちに入れたからなのか先程までの動揺は消えてしまっている。
「あぁ、いいよ!僕は人間のこういう所が好きなんだ!!我が身のためならいかなるものも捨て去るその心が!!安心してくれていいよ、君たち3人は見逃してあげよう」
こいつ、いい性格してやがるぜ。
悪役の中の悪役じゃねぇか。こんな状況じゃなかったら友だちになってあのゴミ共を嵌める算段を考えたいぐらい仲良くなれそうだ。
「お前ら、…………覚えとけよ!絶対殺してやる!」
このゴミ共は絶対に俺が地獄におくってやる。例え、何があろうとも……!!
「おい、エリー、セーヤ行くぞ!」
アレンがそう支持すると3人は部屋の外に向かって走り出した。
途中、エリーがこちらを見て何かを言ったように見えたがそんな事はどうでもいい。もう俺は死ぬのだから。
セーヤに関しては俺の方を終始見なかった。まるでそこには何もなかったかのように。
お前も許さねぇからな、絶対に……!
「ちくしょうっっ!!!」
俺は感情に任せて石でできた床を殴り続けた。血が出ることをいとわずに何度でも。その拳に自分の弱さやあいつらへの憎しみを込めて何度でも。
しばらくして、男が俺に問いかけた。
「いやぁ、いい見世物をありがとう。こんなに面白いとは思わなかった。礼を言うよ」
男は子どものように純粋な笑顔で俺に礼を言った。その末恐ろしい笑みが怒りで我を忘れていた俺を冷静にさせた。
「で、どうするんだ?どうせ碌な事じゃないんだろう?」
「いやぁ、ちょっとある人たちに用事があってね。その手土産に君の首を差し出したら面白いんじゃないかなって」
「へ、へぇ、いったい誰なんだよ」
もうここまで来たら死ぬことは予想していたが改めて死刑宣告をされると死への恐怖がまじかに感じられる。せめて、こいつに一矢報いてやろうと思ったが身体は口より雄弁に語るらしい。足が震えて立つのがやっとだ。
「君も知ってるんじゃないかな?」
「………………………………」
この状況でいきなり言われても誰かわかるはずがない。俺はそう決め込んでいた。この時までは。だが、俺はその名を知っていた。耳にたこができるほど聞いた。
「魔王討伐メンバーの1人……」
なぜならその名前は、
「……グレイ・グランロードさ」
スタンウェイ王国で知らぬものはいない英雄で生まれてこの方、俺の事を見てくれなかった父の名前だったから。
「……………………親父?」
俺の呟きだけが部屋に反響する。それは静かにこの空気に呑まれていった。
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