第7話 7

「……………………親父?」


男の口にした言葉に思わず口が滑ってしまった。それが、絶望の始まりを告げる火種となることを知らずに。


「ん?そうか、そうか!君があと忌々しいグレンとシルキーの子どもか。いやいや、僕はなんて付いているんだ。封印から目覚めて出会った人間があのグレンの子どだなんて」


「お前………………まさか!」


「そうさ、ようやく気付いたかい?僕の名はエアリス・アルノルト。んー、君にはこちらの方が聞き馴染みがあるかな?君たち人間の敵である暴虐の魔王、とか」


「そん…………な…」


親父たちが必死になって倒した魔王だと。暴虐の魔王は倒されたんじゃなかったのか!?あの、史上最強と名高い魔王が何故ここにいるんだ。くそっ、情報量が多くてまとまらない。


「まぁ、そんなに慌てなくても。君はすぐ死ぬんだからさ」


「ははっ、笑えねぇ…」


さらっと死刑宣告されて逆に落ち着いたわ。あぁ、俺の人生もここで終わりか。いやぁ、いい人生だった…………な?


「…………まだ死ねねぇ」


「どうしてだい?」


「あいつらを殺すまでは死んでたまるか!」


今の状況を作り出したあいつらだけは許すことが出来ない。俺が直々に出向いて地獄へ送る。さっきそう決意したじゃないか。ここで死んではそれが達成できない。何とかしてここを出ないと……


「はっはっはっ、君すごく面白いね。いやぁ、こんなに笑ったのは久しぶりだよ。人と話すのも久しぶりなんだけどね。よし、君にチャンスをあげよう」


「…………チャンス?」


「今から1時間生き延びたら君を見逃してあげよう」


「どうしてチャンスをくれるんだ?怪しすぎて逆に不安なんだが」


あの魔王がチャンスを与えるなんておかしい。仮にも自分自身を倒した人物の息子だぞ?俺が逆の立場ならそんな面倒なことはしない。


「どうしてかって?それは、君が面白いからじゃないか!」


エアリスはどうやら先程の俺の様子をいたく気に入ったらしい。

人間として普通の行動なはずなんだがな。


「それは、ありがとうよ。で、一体1時間何をすればいいんだ?」


「それは簡単さ。君は1時間の間」




「………………」



を言ったら駄目」



「え?」


何を言ってるんだこいつ。そんなの言うはずがないじゃないか。これは、もしかしてわんちゃんあるのか?


この時の俺はこんな甘い考えを抱いていた。これから始まる絶望の訪れと地獄の始まりを知らずに。


「じゃあ、始めるよ?よーいドン」


言ってる意味も分からないまま、エアリスが指を鳴らした。


いったい、今のは何なん――――っ!!


「………………ぐはっ!!」


一瞬。

俺が部屋の壁に叩きつけられるまでの時間。

俺はあまりの速さに反応できなかった。今俺は何をされたんだ?


「へぇ、今ので普通の人なら瀕死ぐらいまでいくはずなんだけどなぁ。さすがに鈍っちゃってるかな」


エアリスが身体を伸ばしながら呟く。

まさか、ここまで魔王とは異次元な存在なんだな。グレイはエアリスを倒したらしいが俺からしたら両方化け物だぜ。


なんとか、身体に引く痛みを逃がしながらエアリスに相対する。さっきの攻撃を何度もくらってられる自信がない。せいぜい、あと2発。いや、3発が限度か。


とりあえず、攻撃することは捨てて攻撃をかわすことに集中する。それでも多少は攻撃を喰らうだろうがさっきよりはマシなはず。


「じゃあ、行くよ」


久しぶりに身体を動かせる喜びか分からないがやけにエアリスが上機嫌な気がする。

そのまま俺を見逃してくれれば万々歳なのだが。


今はそんなことより避けることに集中しなければ。

エアリスとの距離は約10m。さすがにこの距離なら攻撃をいなせるか?


俺はエアリスの一挙手一投足に注意する。


……………………来るっ!


エアリスが動く前兆を見せた瞬間、集中力を高めた。一撃でも軽くするために。生き抜くために。


だが、俺の行動は魔王の前では無力だとすぐに悟った。


「………………え」


今度は床に叩きつけられた。さっきより相手の行動に注意していたはずなのに、全く反応できなかった。


「かわせると思った?それなら君の考えは甘い。甘すぎるよレイ君。僕と似たような性格なんだから少し考えれば分かるはずなのにね」


もし、俺が逆の立場だったら?


あぁ、そういう事か。俺ならば初撃は手加減して相手にわんちゃんを思わせる。そして、その希望を絶望に落として楽しむ。そう考えればわかっていたはずだ。この相手には何をやっても無駄だということを。

こんな性格になったのはあいつらのせいだけれど、最後に感謝しなければな。やつの考えが理解できて。まったく理解したくなかったけどな。


「さぁ、どうする?君にはもう立てる力がないだろう。これで君は僕のおもちゃというわけだ。そんな君に僕からサプライズを授けよう!これが、何かわかるかい?」


エアリスが手に出したのは小さな立方体で水晶のような輝きを放っている。


「それは…………記録結晶?」


「そう、数分間あらゆる場面を録画出来る代物さ。君も見た事あるだろ?さっき下にいた人が持っていてね、貰ってきたよ」


貰ってきたって、殺して奪ったんだろ。下にいたのはこのダンジョンで俺たちの緊急事態に備えてあった人だろう。かわいそうに。

まぁ、俺も相当かわいそうだがな。


「……それで、その記録結晶で…何を記録するんだ?」


壊れかけの体に鞭を打って、僅かに胸の内に抱いた疑問を口にした。


だが、エアリスの口から発せられた言葉は想像以上。いや想像すらしたくない行為だった。


「今から君にすることをこれで撮ってグレイに贈るのさ。最高のプレゼントになるはずさ。じゃあ、撮るよー」


いったい、こいつは何をするんだ……。


『あ、あ、あ、撮れてるー?やぁ、久しぶりだね、グレイ。君たちが僕を討伐したことになって何年たってるか分からないけど僕のいない平和はどうだったかな?まぁ、それはいいや。今から君にサプライズプレゼントをあげるよ。はい、こちらー!君とシルキーの大事な息子のレイ君でーす!ちょっといたずらしたらこんなに壊れちゃってさ。はははっ、本当に脆いよね、人間は。おっと、話が逸れちゃったね。じゃあ、今からのショーを楽しんでくれたまえ!』


ショーって何だ。俺はこれからどうなるんだ。

何が始まろうとしているんだ。


刹那、思考を張り巡らした時―――。


「…………あっ……っ……あぁ……!!」


身体が宙に浮く。無理やり動かされているせいか全身の痛みが倍増している。人の身体を操るなんてなんて魔力だ。むちゃくちゃすぎる。


「さぁ、じゃあ始めようか」


いったい、なにを―――――。


「ああああああああぁぁぁ!!」


「どうだい?剣を貫かれる感覚は。ははっ、いいねぇ!!もっと聞かせてくれよ!!」


「ああ……ぁ……ぁ……あああぁぁぁ!!」


どんどん俺の体に鉄の塊が刺さっていく。

あと、何回俺は刺されるんだ。

だが、思考よりも身体が叫びをあげる。


「あ…………あ…………あああああぁぁぁ!!」


痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い


もう、何も考えられない。

身体が痛みに包まれて思考力がまとまらない。

もう何本剣を突き刺されてるか分からない。

ただ、眼下に血の水溜りが出来ていることだけは視認できる。


「やぁ、気分はどうだい?こんな体験はそうそう出来ないだろう。死ぬ前に体験出来てよかったね。それと、ひとつ訂正だ。どうやらこの記録結晶は10分程度しか記録できないらしくてね。1時間って言ってたけど10分に変更だ。すまないね、これは僕のミスだ。だから…………」





「…………………………」





「もっと君に剣をプレゼントしよう」




――――残り6分34秒










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